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「人生、色々……」
古ぼけた看板を見上げて呟く。
遂にこの日が来るとは。
言っておくが此処に足を運んだのは決して俺の意志ではない。
綱手から“情報収集は夕方に回して、昼間は待機所にて待機頼む!”なんてふざけた伝書が届き、それを紫鏡に見られたが最後。
断る気でいた俺の胸中は全く無視のまま家から送り出された。
烈火に助けを求めたのだが、新調させた忍服を俺に着せたいが為に今回ばかりは烈火も敵に回ってしまった。
そして今俺はこうして待機所の前に突っ立っている。
(―――入りたくねぇよ…)
大体何が“待機”だ。
普段俺が熟睡していようが飯食っていようが関係なく呼び出すクセに。
―――待機の必要無し。
よし、帰ろう。
忍服も一応着た事だし、烈火も文句は言わないだろう。
俺が女として上忍に上がると知ってから紬屋としての意地か何か知らないが俺の上忍服に色々口を出してきた。
サクラやいのみたいな明るい色にしろやら(それを言えばナルトが一番明るいんだけど)スカートにしろやらスリットを入れろやら何やら本当に煩い。
まったく、俺のキャラを分かって言って欲しい。
男装名の正体が女と明るみになった今でも女から告白を受けるくらい男前なんだ、俺は。スリットなんか入れられるか。
…ということで、普通に鎖帷子の上に自分の身体の線に合わせた黒のVネックを着て、下は支給された木ノ葉の規定服のパンツをはいている。
すると脚絆とポーチ以外は全部黒なので(腕に巻いてる額当ても黒)、これではあまりに厳ついと烈火が騒ぐため太い茶のベルトを腰に巻いた。
飾り気も色気もない実用性重視の形。
俺はこれが気に入っている。
そんなことをぐだぐだ考えながら歩いていると、前から歩いてくる男と目が合った。
「もしかして、君が苗字名前?」
「はい」
「丁度良かった。今五代目から君の紹介を受けてな。待機所初めてだろう?オレが案内するよ」
「…………。」
抜かりないな、綱手の奴。
結局俺は待機所に足を踏み入れる事となった。
*****
先日上忍へ昇格した“苗字名前”が本日初めて待機所を訪れるらしく、案内役を任されたオレは自らの上忍になり立ての頃を思い出しながら待機所へ向かって歩いていた。
苗字名前といえば確か、苗字男装名と名を偽ってうちはサスケ護衛の為にカカシの班へ下忍として潜伏していたと聞いた。
アンコが頻りに騒いでいたからきっと上忍の多くが知っている。
生意気な黒髪美人がそいつだから、という五代目様のあまりに漠然とした説明を脳内で反芻していると目に入った…
待機所の前に暫く佇んだかと思えば、踵を返して立ち去ろうとした見慣れないクノイチ。
五代目の言う通り、黒髪美人。
生意気かどうかは知らないが、本当に綺麗な子だ。
「!」
目が合った。
瞳はどこまでも深い漆黒。
「もしかして、君が苗字名前?」
「はい」
やはりこの子が苗字名前。
初の待機所を前にして緊張しているのかと思ったが、それにしては落ち着いた声色。
「さ、入って」
何故だろうか。
その瞳を見ただけで、その声を聴いただけで、心の奥底に立っていた波がすっと穏やかに退いていく。
まるで浄化された様な、慌ただしい時間がぴたっと止まった様な、不思議な感覚がした。
*****
「あの、うちはサスケの長期護衛任務に就いてた噂の…!?」
「ずっと男に化けてたっていう」
「苗字男装名だろ!?オレ知ってんぜ!」
「歳幾つ!?」
「その若さで上忍とは大したもんだ」
「可愛いなあ苗字ちゃん。か、彼氏とかいないの?」
…先程オレが感じた神秘的な雰囲気をぶち壊す勢いで、気品など微塵も感じられない男達が苗字を取り囲む。
それらを困った様子で目を伏せつつ苦笑を浮かべる彼女は、とても十五とは思えぬ大人びた印象を与えた。
「お前等、苗字が困ってるだろ」
「煩いぞライドウ!」
「ならお前が向こうに行ってろ!」
何て非道な奴等だ。
上忍としての面目なんてあったもんじゃない。
―――バンッ
「「「!」」」
「あー!あんたが苗字男装名!?」
勢いよく扉が開けられ、姿を見せたのは騒ぎの元凶…アンコだ。
「うっそー!!ホントに女じゃない!全然気づかなかった!」
騒々しく喚きながらずんずん此方へ歩み寄ってくる。
今までしつこく集っていた男達も、おずおずとアンコに道を開けた。
「っていうか何よこの群がりは!」
「おいアンコ」
「あーやだやだ!ちょっと若くて綺麗な女が入ってきたからって一々騒いじゃって、上忍としての面目もあったもんじゃないわ」
こいつもたまには正論を言うらしい。
「見た目で食いつくのは結構。だけどね…」
ビシッとアンコが苗字に指を指す。
それはもう、指先が苗字の眉間に刺さるのではないかと思う程至近距離から。
「こういうのが大概一番腹黒いのよ!!」
…なんて事をするんだこいつは。
「いい加減にしろ。初めて待機所に出てきた苗字に対して、何だお前は。馬鹿か」
「なあにー?さてはアンタもこいつ等と同じ穴の貉ね?」
「話を逸らすな。いいからお前は今すぐ此処から出てい…「私はみたらしアンコ。中忍試験で試験官したから知ってるわよね?」
苗字の隣にドカッと腰掛け、背凭れに肘を掛けて問いただすその態度は図々しいにも程かある。
すかさず庇おうとしたのだが、意外にも怯えた様子もなくアンコの問いに頷いて答えた苗字を見て押し留まった。
「あの時大蛇丸と接触した数少ない下忍だから、あんたの事は特によく覚えてたのよ」
まさか…あれも護衛任務の一貫だったとはねぇ…、なんて呟きながら至近距離からジロジロと品定めをするかの様に凝視するアンコ。
こいつの新人イビリは毎度お馴染みなのだが、今回は特に気合が入っている。
今まで騒いでいた奴等も今や苗字を心配そうに見守っている。
「その子、あんまり苛めないであげてくれる?アンコ」
「!」
群衆を押しのけて現れたのは紅。
紅を視認した瞬間、ふっと苗字の表情が柔らかくなったのが解った。
カカシ班と同期の下忍を受け持つ為、苗字とは顔見知りなのだろう。
「別に苛めてなんかないわよ」
「そう?随分言い方に棘がある様に聞こえたけど」
「私はね、上忍としてやっていく厳しさを教えてやってたのよ」
オレの隣に腰掛けた紅がアンコの言い訳を適当にあしらい、にこやかに苗字へ挨拶をする。
すると苗字が「おはよ」と短く言葉を紡いだ。
「別にいいけどね、あんまりやり過ぎるとカカシが怒るわよ」
「は?カカシが?」
「あいつ、随分気に入っちゃってるみたいだから」
そう言って苗字を横目でチラリと見る紅。
苗字の眉がピクリと動いた。
ああ、カカシのお気に入りか。
…あいつの好みにしては少し大人し過ぎる気がしないでも無いが…、まああいつは美人に目が無いからな。
「だから何だってんのよ。そうやって甘やかしてるから菊璃みたいな生意気な奴が出てくんのよ!」
「ちょっと、あの子は特別よ」
「いーや!こいつ、菊璃と同じ匂いがするわ!」
「あんたねぇ…いい加減にしなさいよ…!」
アンコの奴、遂に紅にも火を点けてしまった。
こうなったら最早オレには止められん。
「苗字、こっち。避難だ」
いがみ合う二人に気付かれぬ様そっと苗字へ呼びかけると、オレを見て苗字は可笑しそうにふっと笑った。
凛と澄ました綺麗な表情も良いが、オレは何よりこの笑顔にやられてしまった。
(…可愛いな)
アンコと紅の論争を傍から盛り上げる野次馬たちの間を縫って人塵から脱出する。
掴んでいた腕を離して振り向けば目が合った。
またもやドキリとする。
思春期の餓鬼か、オレは。
「あ、ああ…そういえば名乗って無かったな。オレは…」
「ライドウさん、ですよね」
さっき誰かがそう呼んでるの聞きました、とにこやかに答える彼女。
この子に笑顔を向けられる度に一々ドキリと高鳴る鼓動。
その瞳を見つめていると、まるで時間が止まった様な錯覚に陥る。
周りの音も聞こえない。
…こいつは……天使だ。
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