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本日をもって相模総隊長の時代は去り、槍刃総隊長の時代が到来した。
殉職した二人を除く十の部隊長が総隊長の元へ集まり、各班の隊員を選考して新たな暗殺特殊部隊が結成されたのだ。
慌ただしく動き回る暗部屯駐所の中を、オレは総副隊長としてではなく、一平隊員として歩く。
皆はオレの降格について反発したが、これは何よりオレ自身が望んだ事なのだ。
あの方の下で戦えるのならば、地位など溝に捨ててやる。
―――ガチャ
「!因副総隊長…!」
知班の扉を開ければ一斉にオレへ頭を下げる知班部隊長とその隊員たち。
未だに健在のその律儀さに悪い気はしない。
副総隊長を長年務めてきた事に若干の誇らしさを感じつつ、部隊長の後ろに控える二人へ目をやった。
「臣、勝馬…久々だな」
「お久しぶりです因副隊長!!」
「お元気そうで」
活気溢れる臣と控え目な勝馬。
以班にいた頃と相変わらずの二人に苦笑が漏れる。
「お前ら二人は異動になった」
「なっ…」
「ま、またですか…」
重苦しい溜息を吐く二人を見て思う。
…本当にあの方が態々こいつ等を指名したのだろうか。
槍刃総隊長の陰険な嫌がらせではないだろうか。
オレは別にこいつ等の事は嫌いではない。
寧ろ腹の内を隠すような奴らよりもかえって清々しくて扱いやすいとさえ思う。
だが相模隊長がこいつ等を知班へ飛ばしたくらいだ、周りはそうでは無いのだろう。
「因副隊長…異動って、次はオレ達どこに飛ばされるんですか?」
「衛班だ」
「え班?そ、そんな班聞いたことも」
「槍刃総隊長が新たに創設なされた」
「新たに創設!?この人員不足の時に班増やすなんてどういうつもりですか!?やっぱりオレは因副隊長が総隊長になるべきだと思います、副隊長…!!」
「うるさいぞ臣。すいません因副隊長…」
臣の面紐を後ろから引っ張り上げて黙らせ、オレ達の前を歩く因副隊長へ目をやる。
異動なんてもう慣れた、最早何とも思わない。
だが何故この人が態々オレ達を迎えに来たのかが解せない。
悶々と思考を巡らせていると、因副隊長は他の隊室が並ぶ屋敷からどんどん離れていった。
彼の後ろについて歩きながら眉を寄せる。
「あ、あの…この先の屋敷には倉庫ぐらいしかねーと思うんですが」
「衛班の隊室はこの先だ」
臣がオレへと視線を寄越す。
こいつも疑問に思うのは同じらしい。
「副隊長、その衛班というのは他にどなたが在籍されるんですか」
「オレだ」
「「!?」」
願ってもないオレ達にとってはこの上ない処遇だ。
臣もオレも、この人に抱く尊敬の念はひとしおだった。
臣が拳を握り締めてわなわな震えている。
相当嬉しいらしい。
「副隊長!!オレは今、感激で胸が一杯です…!」
「無闇に大声を出すな。…此処だ」
ある部屋の前で立ち止まった因副隊長が重い扉を開く。
そこに広がっていたのは…積み上げられた書物、箱、忍具。
―――まるで倉庫だ。
今まで暗部として働いてきた待機室とは随分様子が違う。
…いや、これは待機室じゃない、倉庫だ。
「因副隊長でも間違いはあるんですね。はは、きっと別の部屋ですよ。もう一度確認してください」
「いや、此処だ」
「此処は倉庫ですよ副隊長」
「片付けて使えという意味だ」
臣が部屋の中へ突入し巻物の山を蹴り飛ばす。
「槍刃の野郎…!!イイ根性してんじゃねーか!こんな部屋押し付けやがって畜生…っ!!」
「やめろ馬鹿野郎。破れたらどうする!」
「何なら燃やしてやろうかッ!」
「おい臣!」
「勝馬てめぇは腹立たねーのか!?あの殺戮野郎は因副隊長にこんなボロ部屋を押し付けやがったんだぞ!?」
言葉に詰まった。
因副隊長へ目をやれば、呆れた様子で部屋中を見渡している。
オレだって、尊敬するこの人が槍刃如きに苔にされて腹が立たない訳がない。
「因副隊長…幾ら槍刃相手でも異議を立てる権利くらい、あなたなら…」
「言っておくが、この部屋を与えられたのはオレではない」
「?」
頭に手をあて、参ったな…と嘆いた因副隊長。
「取り敢えず、今すぐ片付けるぞ。隊長が来る前に何とかしなければ」
「隊長って…因副隊長がいるじゃないですか」
臣と面越しに目が合う。
衛班部隊長は、因副隊長ではない?
―――ガチャ
誰かがこの部屋の扉に手掛けた。
鈍い音と共に厚い扉が開いていく。
「「―――!!」」
現れたのは
憧れ続けた銀色の暗部だった。
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