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栗色の長い髪
紫色の瞳
一族特有の大きなピアス
―――鷹ノ召一族、次期当主である鷹ノ召紫鏡(シキョウ)
俺の身体に印を刻み付け、父と母を殺し、俺に惨い儀式を強いた悍ましい一族の血統を誰よりも色濃く受け継ぐ男。
そして、嘗ての俺の…幼馴染だった、男。
「ずっと会いたかったよ。でも僕、こんな顔した女知らないや」
恐怖と驚愕に言葉も出ない俺を楽しそうに見下ろしながら、紫鏡が俺の左手に何やら術をかけた。
慌てて抵抗するが男と女の力の差など歴然。
―――ボフン!
「…っ!」
「変化なんかしないでよ。宇焚はこっちの方が綺麗なのに」
変化が解け、男に戻るかと思えば素の女の姿になっていた。
ハッとして腕輪を確認するが、腕輪は俺の腕に付いたままだ。…また何か左手の印に細工をされたらしい。混乱する頭で辛うじて理解する。
「僕のこと、ちゃんと覚えててくれたんだね」
「…っ、俺から全てを奪った人間を忘れる訳ねぇだろ…ッ!貴様等鷹ノ召と白銀は、いつか絶対殺してやる…!!」
「口の聞き方が随分汚くなったね。…見ない間に、折角こんなに綺麗になったのに…」
俺の両腕を右手一つで押さえ付け、左手で俺の頬を撫でてくる。
―――怖い。ただ怖い。
…俺の身体中にある呪印は鷹ノ召一族が俺を操るために刻んだもの。
こいつの意志一つで俺の身体はこいつの操り人形となるのだ。
幾ら忍術を憶えたところで鷹ノ召の前では無力同然。一体今から何をされるのかと背筋を凍らせ、恐怖に目をぎゅっと瞑った。
チュ、
「!」
「今の“名前姫”も悪くないけどね」
クスクス笑う紫鏡を唖然と見上げる俺。
今こいつは何をした?
俺の心をズタズタに引き裂いたこの男が、何故俺にキスなんてする…
「何驚いてるのさ?此処はそういう事をする場所だろう?」
「…っ、」
「神聖な夷坐浪の巫女様が、こんな娼婦に成り下がってるなんて、夷坐浪を信仰する水の国の人たちが聞いたらどう思うかな?」
そりゃあ、大変なことになるだろう。たかが巫女を神のように崇拝している奴等だ。とはいえ俺がこうなったのも、そもそもは水の国の所為なのだが、俺が何を主張したところであいつ等に話を聞く耳はついていない。
「…………。」
自分の心臓の音が脳内に響く。
俺は改めて紫鏡の瞳を見上げる。
こいつの呪術は、鷹乃召の中でも群を抜く程に強力であるのは知っている。
―――逃げるのは、不可能だ。
「……連れてけば」
俺は、潔く諦めた。
こいつから逃げるのはどうしたって不可能なのだ。
最悪捕えられたとしても、こいつの目が離れる隙を待つ他に道はない。
…だが、紫鏡はどこか意味深に、すっと目を細めて静かに息を吸った。
「何処に?」
「水の国にある白銀の屋敷に決まってんだろ」
「…宇焚は、あそこに帰りたいの?」
一々聞かなくても解ってる癖に、態々そんな愚問を投げてきた紫鏡を殺気を込めて睨み上げる。
すると紫鏡は再びクスクスと笑った。
「…聞いて、宇焚」
「…」
「僕も一族を抜けて来たんだよ」
―――……一族を、抜けた?
次期当主である筈のこいつが?…何故?
「大蛇丸って知ってる?」
「!」
「人体実験とか、魂織の研究とかも色々やってる物好きな奴でさ。丁度、呪術にしか能の無い鷹ノ召に飽き飽きしてたところだったから、一族抜けて、今はそいつのところにいるんだ」
「…」
「宇焚がもう二度と逃げないように、もっと頑丈な呪術を発明しなきゃならないからね」
ぞっとした。
「呪術で縛られたくないならじっとしててね」
「っ!」
唇をつーっと撫でられ、更に着物の裾に手を差し入れられる感触がして、背筋がゾクゾクと震える。
「…何で…」
「だから、此処はそういうお店だろう?」
恐怖に負けて抵抗できずにいる俺を、恐ろしい程に優しく愛撫してくる紫鏡に戸惑う。
ずっとずっと昔
本当の兄のように、一緒に遊んでくれた紫鏡様
優しかった、大好きだった
それが全て…俺が夷坐浪になった途端に崩れた。
両親を殺され絶望しても
儀式で身体中を焼かれ泣き叫んでも
…こいつは冷たい笑顔を浮かべて、そんな俺を眺めているばかりだった。
「僕が新しく呪印を刻んであげるよ。僕だけの呪印を」
怖いと同時に、悲しかった。
人間はこうも変わるものなのか―――
俺が大好きだった紫鏡様の面影は、目の前の男には微塵も無い。
「…」
俺は紫鏡の首筋に指を沿る。
以前ナルトにも食らわせた、得意のチャクラ放出を食らわす。
短い唸りを上げて退いた紫鏡の隙を付き、腕から抜け出しクナイを数本投げつけた。
「俺は娼婦じゃない―――忍だよ、紫鏡様」
「…。」
再びあの地獄へ戻るくらいなら死んでやる。
もう二度と、お前等の呪術に操られたりしない。
俺は俺の意志で、生きる道も、死ぬ道も決める。
「今までみたいに、俺がお前の…、思う通りになると思うな」
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「……相変わらず、気が強いなァ…」
昔から頑固の負けず嫌いだったけど、それがまた一段と強烈になっちゃって。
本当は怖くて仕方が無い癖に、勇敢にも僕に一撃食らわせて逃げ出すなんて。
「…この分だと、ちょっとは安心かな」
宇焚の身体に新しい呪印を。僕だけの呪印を。
その為に全てを棄てて、大蛇丸の下についた。
それだけが僕の生き甲斐で。
…それだけが僕の心残りだから。
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