ついにやって来てしまった13歳。イタチ君はついこの間13歳になって、後を追うように私もこの年を迎えてしまった。彼が里抜けしたのは多分夏くらいのはず、となれば私の寿命は後数カ月しかないという事になる。

「どうしよ…遺書書いた方がいいのかな」

 夜の帳の落ちた街並みを窓から眺め、この言葉を呟くのは一度や二度ではない。机の上には何時でも書けるよう便せんとペン、ついでに拇印も押せるように朱肉が置かれている。けれえど今まで実際に書いた事はない。と言うのも、平和なのだ。里は勿論の事、このうちはの領地が。クーデター前ならば会合も多く、常にピリピリしている印象だがそれすらもない。会合は月に一度、それもほぼ奥様方の井戸端会議状態で、警務部隊の大人たちも険しい表情もなく仕事に励んでいる。本当にこの人たちは私の知るうちは一族なのだろうかと疑わしく思う回数も格段に増えた。

「ナマエ、窓を閉めないと風邪をひくぞ」
「うん、もうアポなし訪問にはつっこまないからね私」

 変な言葉を使うな、お前と笑みを浮かべるのはイタチ君。もはやお馴染みとなったアポなし訪問、しかも今回はその窓からの登場を決めた彼はベッドに置いたままになっていたカーディガンを私の肩にかけるとそのまま人の肩に頭を預けた。も、もうつっこまないからな。こういう風に甘えられたって無視だ無視。

「任務帰りなんだ」
「そう、お疲れ様です」
「…冷たい」

 不満げに呟いて意味ありげな視線を投げかけてくるが無視…無視だ。

「一週間ぶりだぞ」
「うん」
「ナマエ」

 物理的に無視、できなくなりました。

「か、顔潰れるんで両手で押さえるの止めてくれませんかね…」
「こうしないとこちらを見ないだろお前」
(否定はできない…)
「一週間前もオレの事を避けていただろう…オレはお前に何かしたか?」

 そう、一週間前、暗部の任務で里を空ける事になったイタチ君の見送りを私はしなかった。何時もなら嫌々ながらでも「行ってらっしゃい」と言うのだが今度ばかりはできなかった。だって今は時期が時期。自分の命を少しでも長引かせるためにも彼との接触は最小限に留めたかったのである。冷たいと言わるのはご尤もであるが、何度も言うように自分の命は惜しいのだ。

「べ、別に何もしてないよ」
「でも何か悩んでる」

 さすがうちは一族きっての天才。人間の感情変化にも敏感だ。瞳は黒いままなのに細められたそれは写輪眼よりも鋭く見える。

「…た、例え話で、聞いてほしいんだけど」

 黒い瞳に映る私の顔は、しかられた子供のように情けなく今にも泣き出しそうなほどに歪んでいる。泣いたりしないように、冗談を言うように、そう心掛けるつもりが声は震えた。

「もし、任務で誰にも明かさずに里から出て行かなくちゃならなくなったら…どうする?」

 私の問いは突拍子の無い物に違いなかった。イタチ君は瞳を大きく広げて、その後で困ったように眉を顰め、顎に手を当てた。何時も言葉に淀みない彼にしては珍しく言葉を渋り、悩んでいる。やっぱり聞くべきじゃなかったのだ。

「何と言うか…随分と難しい質問だな」
「うん、ごめんね」
「でもお前はその事で悩んでるんだろ」
「うん…近いかな」
「そうか」

 ふ、と息を吐くようにそう呟いたのが聞こえたと同時に微かに痛む額。ハッとして自然と下げていた視線を上げた。指を宙に浮かせたまま、彼は穏やかに笑っていた。サスケ君を見る時のように穏やかに、優しい笑みだった。

「オレは任務なら仕方ないと受け入れるだろう」
「…うん」
「里のためならばな」
「イタチ君…」
「でも一つ条件を出すと思う」
「ん?」

 里を愛する彼らしい言葉に感動を覚えたのも束の間、びしっと人差し指を上げた彼に一瞬感動が薄れる。別に私は一族を皆殺しにして…とは言っていない。よってサスケ君の命は保証しろ、なんて条件はこの話には存在しないわけである。となると彼は何を条件とするのか考え付かない。けれどきっと自己犠牲の人らしく、誰かのため、そんな条件なのだろう。

「ナマエを一緒に連れていく、そう条件を出す」

 そう思っていた数秒前の私をとてつもなく殴り飛ばしたい。

「…私に拒否権は?」
「ん?嫌なのか?」
「そりゃ嫌に…!な、なんでもありませんんんん!!」

 だからその写輪眼で睨みつけるのやめてくれないかな!心の中では叫べるのに言葉に出来ない私の弱さが恨めしい。ああ、私きっと死ぬまでこうなんだろうなあと考えている間に重くなる肩。横を見れば目をつむり私の肩に頭を置いたイタチ君。

「眠いの?」
「疲れてるんだ…少しだけ、肩かしてくれ」

 そう言ったのも束の間、穏やかな寝息を立て始めたのは紛れもなくうちはイタチその人なのに、何故だろう。その安心した寝顔を見ているとふと思うのだ。彼は私の前だとそれらしくない…年相応の13歳の少年に見えてしまう。

150823