「どうした?顔色が優れないようだが…」

 そう言って秀麗なお顔を心配げに曇らせた少年、うちはイタチに私は頬が引き攣るのを感じた。やめてくれ、あまり近づかないでくれ。君が傍にいると嫌でも命の危機を感じて叫びたくなってくるから。
 心の中では叫べるのに口にはできない私の弱さはきっとお父さん譲りだ。木の葉警務部隊でフガクさんのサポートをするお父さんは外では立派な上忍だけれど、家では途端に弱々しくなる。まあ、全てはお母さんのせいだとは思うのだけど…一家の大黒柱なのに可哀想に。と、今はそんな事はどうでもいい。現実へ戻らなければ目の前の美少年の機嫌を損ねる事になる。以前こうやって現実逃避したせいで、予定より早く命の終わりを迎え掛けた記憶は今でも私のトラウマとして深く根付いているのだ。

「ナマエ、オレを蔑ろにするな」
「ご、ごめん」

 蔑ろも何も、今日は一日家でゆっくりしようと決めていた私の部屋に突然窓から突撃して来たのは君ではないか。アポなし訪問をしたのだから少しは遠慮してほしい。そして今すぐ家に帰ってほしい。あと君の後ろにある小説を私へ渡してほしい。

「サ、サスケ君のお稽古に付き合ってあげなくてもいいの?」
「今日は母さんが見てくれると言っていた。お前が気にする必要はない」
「で、でも大好きなお兄さんが傍にいてくれた方がやる気も出るんじゃ、ないかなあ」
「大丈夫、サスケは母さんの事も大好きだから」

 話している間にもイタチはじりじりと距離を詰めてくる。その度に私もまたじりじりと距離を取るがすぐ背後には壁。ああ、不謹慎ながら兄弟戦の時のサスケの恐怖が今なら少し分かる気がする。

「…追い詰めた」
「ひぃっ」

 情けなく壁に背中をぴったりくっつけて身を縮こませる私と、そんな私の顔の両端に手をついて至極楽しげな表情をしたイタチ少年。傍から見れば全国の乙女が憧れる壁ドンという状況なのだろうが、私は現在違う意味でドキドキしている。

「イ、イタチ君…近いから、もう少し離れて…」
「離れたら言い訳つけて逃げ出すだろう?」
(分かってらっしゃる!!)

 とは言え、諦める訳にはいかない。とりあえずこの状況は危険すぎる。早く二人きりの空間から脱出せねば…と思えど、やはり私には文句を言う勇気もなければ逃げ出すだけの力もないわけで。どうしようかと悩み、視線を迷わせていると開けっぱなしの窓の外に見知った少年の顔が見えた。見るからに「あ、やばい場面に出くわした」とでも言いたげな表情だが、私からすれば救世主に見える。ありがとう神様は私を見捨ててはいなかった。

「あー!シス…イデッ」
「ナマエ、余所見するな」

 今首が変な音を立てたと思うのだが気のせいだろうか。何時の間にやら壁についていた手は私の頬を変形させるように挟み込み、それに伴い距離は先ほどの比でないほどに近い。長すぎる睫毛の一本一本が見えるほどの距離にある綺麗な顔に否が応にも頬が熱くなる。とは言え、状況は悪化の一途と辿っているのは明白で、唯一の救いは変に空気を読んで既に窓の外にいなかった。

「首、痛いんですけど…あとさっきまでそこにシスイさんが」
「気にするな」
「いやこの際シスイさんはいいけど首痛めた私の事は気にしてくれても…あ、何でもないです、はい」

 写輪眼でいかにも不機嫌ですと睨みつけられれば、口を噤まざるおえない。咄嗟の行動が功を奏したのかすぐに何時もの黒い瞳に戻ってはくれたけど恐怖で心臓は速音を打ったままだ。きっと体を寄せた彼にもその音は聞こえている事だろう。

「…早く大人になりたい」
「な、なんで?」
「大人になれば今よりは一族内での発言権も強くなる…そうすれば間違った事には、絶対ならないだろう」
「イタチ君…」

 現在彼の年齢は十二歳。私の記憶が正しければクーデターは彼が十三歳の時のはずだ。あと一年で、あの夜が来るのだ。
 目を背けて逃げ続けていた現実を突きつけられた体から血の気が引いていくのが分かる。それから彼が歩むだろう暗闇の道とか、純粋なサスケ君が走る復讐の道だとか、色々な情景が頭に浮かんでは胸の奥を重くさせる。そして何よりつらいのは、

(このままだと私の人生あと一年で終わる!!)

 十三歳、まだ青春のせの字も知らずに死ぬのは嫌だ!自分勝手だと非難されようが、私は自分の命が大事だ!人間なんだから仕方ないだろう!!
 人生のタイムリミットは後一年、それまでにこの一族ひいてはこの里から抜け出さなければ。そう決意を新たにはしたものの、

「それに大人になればナマエと離れずにすむ」

 こうして安心したように私を抱きしめる少年を引き離せるかと言われれば、現状では難しいと答えるだろう。まあ、私は精神年齢で行けば優に母親になっていてもおかしくない年齢なわけで現在感じているのは母性という物に近いのだと思う。ゆえにこうして彼の背中を撫でているのだろう。
 首筋に感じる毛先の感触のこそばゆさに肩を竦め、私は内心ため息をついた。あと一年後、果たして私はこの世に生きているのだろうか。

 うちはナマエ12歳、幼馴染兼恋人にいつ殺されるかと日々怯えながら生きています。

150817