ナマエと初めて会った時の事は今でも覚えている。全てを果たして死を得て、そしてまた生を受けた今世で彼女は親友の妹として生まれてきた。嬉しそうな叔母さんと驚きに目を丸くしたオレたち。シスイの方を盗み見れば嬉しさを隠しきれず頬を紅潮させ、それでもオレの視線に気がつくと、少し申し訳なさそうに眉を下げた。

「何故そんな顔をするんだ?」
「だってなあ…ナマエの兄さんがオレだなんてお前に申し訳ない。複雑、だろ?」
「…いや、むしろ嬉しいよ」

 オレの発言にシスイが目を丸くする。コロコロ変わる表情にかつてのナマエを見た気がした。きっと二人は良い兄妹になる。

「これで、オレはきっと正面きって言える」

 沢山悲しませた。最後まで気持ちに答える事もしなかった。遠ざけて、遠ざけて勝手に幸せを願っていた。自己犠牲なんて言葉を盾に、かつてのオレがしていたのはただの"逃げ"でしかない。

「好きだよ、早く大きくおなり」

 生まれたばかりの赤ん坊がうっすらと目を開けてこちらを見る。黒い綺麗な瞳に柄にもなく泣きだしそうになった。





 玄関から鍵を開ける音がして居間から顔を出す。現代であっても昔に良く似た日本屋敷の我が家の廊下は長く、遠目にしか弟の顔を確認する事は出来なかった。

「サスケ?」
「…ああ」

 靴を乱暴に脱ぎ捨てて揃える事もせずに歩いて来るサスケはどこからどう見ても機嫌が悪い。大きくになるにつれて不機嫌顔がデフォルトになりつつある弟ではあるが、ここまで機嫌が悪いのは久々だった。前、こうなったのは確かナルトと殴り合いの大喧嘩をした時だったか。

「兄さん」
「なんだ?」
「講義は」
「今日は午後には何も入れてなかったんだ。久々に家でゆっくりしようと思ってな」

 居間の机の上には緑茶と煎餅、そして読みかけの小説が一冊。足を投げ出し、いかにも寛いでいましたとでも言うような体制にサスケが眉間の皺をまた濃くした。

「来年は四年だしそろそろ就職の事とか考えないのか」
「…何だ藪から棒に」
「いいから。例えば他県とか、あんたなら何か考えてる事あんだろ」

 就職、そう言われれば考えている事はある。とは言え、今は三年の夏。秋か冬から始めたって早いくらいだ。それにサスケがこちらの就職を気にするなど考えてもおらず、思わず数秒の間弟の顔を凝視してしまう。やはり真意は分かりそうにない。

「どうしたんだサスケ、学校で何かあったのか?」
「………」

 黒い瞳が泳ぐ。何か言いたげに唇を動かして、

「ナマエが家を出るって」
「ああ、三者面談か。さぞシスイが張り切っていただろう?」
「あいつはこの世の終わりって顔してたよ。それで、どうすんだよ」

 今度は真意がすぐに理解できた。なるほどこれで不機嫌そうにしていたのかと納得もする。

「そうだな、どうしようか」
「…良いのかよ」
「いや、あまり良くはないさ」

 しかし不思議と焦りも動揺もない。
 ナマエが生まれて十八年、いつかこんな日が来るのではないかと予想していた。彼女はかつての彼女ではない。兄さんと笑顔でオレを追って来ていた少女ではなかった。会えば少し緊張したような面持ちで見上げてこんにちは、と唇の端を上げる。そんな少女がここを離れようとしているらしい。来年には、ここにその姿はないのだ。

「ナマエが幸せなら、とかそんな事考えんなよ。遠慮なんてしてたらこっちが馬鹿を見んだ」
「それは、随分と我儘な話だな」
「馬鹿なのはあんただろ」

 その言葉に顔を上げる。サスケはもう不機嫌そうな顔ではなくなっていた。つらそうに顔を顰めてはいたもののそこにあるのは怒りではなく悲しみに近い。

「いい加減我儘に生きろよ。欲しいなら無理にでも掻っ攫っちまえ」

 どこでも、県外にでも二人でいっちまえ。

「…お前も不器用だな」
「うっせえ」
「でも嬉しいよ、ありがとう」

 幼い頃は言えた言葉が何時しか口に出来なくなっていた。生まれたばかりのナマエを前に何度も呟いた言葉だったのに。

『好きだよ、ナマエ』

「そうだな…もう少し我儘になってみるのも悪くないのかもな」

150620