I Miss You 

初夏の爽やかな風がカーテンを揺らし、日を追う毎に強さを増す日射しが青々と茂る木々の葉を照らしている。
時折強く吹く風にふわんと揺れたカーテンの隙間から漏れた陽射しがテーブルの上に置いた携帯電話を照らし、陽射しを反射したディスプレイはまるで着信を知らせる時のように明るく光る。



「あっ!」



提出期限が迫っているレポートを仕上げようとパソコンに向かっていたはずが、気付けば一向に鳴る気配のない着信音にばかり気をとられ、光を反射しただけの携帯電話にさえ、いちいち反応してしまう始末…。



「なんだ…光っただけか…」



それでも…と思い、『新着メール問い合わせ』をするものの、『新着メールはありません』の文字。



「やっぱり忙しいんだよね…」



パタン…と閉じた携帯電話を見つめながら『はぁ…』と大きくついた溜め息の数はもう数えきれない程。



事の発端は数ヵ月前…………




「えぇっ!?」



「やっぱり驚くよね…。でもさ、半年限定!それに、社会でどれだけオレの力量が通用するのか試してみたいっていうのもあるんだ。ついでに就活の備えにもなればいいかなって。」



「そっか…。そうだよね。裕ちゃんの絵を評価してくれたんだし、裕ちゃんも絵を描きたいって思ってるならそれは私も嬉しい!また四つ葉荘から一緒に大学に通えるって思ってたから、ちょっとビックリしちゃって…。ごめんね?」



裕介は大学院に、沙耶は進級して2年生に。4月からの新生活は再び隣同士の部屋から通学する生活だったはず。
しかし、裕介の描いた絵を目にした広告代理店の役員が、是非春から始まる新プロジェクトの一員に。と裕介に声をかけたのだ。
内容に共感した裕介のプロジェクト参加の話はトントン拍子に進んだのは良かったのだが、ここで問題がひとつ。



「いや、オレも新しい事に挑戦できるって嬉しさとやる気が先行しちゃっててさ…。まさか職場が東京じゃないなんて思わなくて、聞いた時はビックリしたよ。」



そう。この『新プロジェクト』は『新』なだけに、新しい試みが満載で、現役大学生がチームに招集されるだけでなく、本社がある東京ではなく、最近業績を伸ばしている支社を拠点にするというもの。
つまり、裕介はこの春から半年間地方都市で生活するということになったのだ。



「寂しくないって言ったら嘘になるけど、裕ちゃんが頑張るんだから、私も頑張るし、応援するね!!」


「あぁ…もう、沙耶!!大好き!!」



「きゃあっ!!ちょ…裕ちゃんったら!!」



今にも泣き出しそうな笑顔で寂しさを堪えている健気な沙耶が愛しくて、離れたくなくて。
思わずぎゅっと抱き締めた小さな身体はすっぽりと裕介の胸に収まり、真似をするかのようにぎゅっと抱き締め返してくれる。



「なるべく連絡は取るようにするし、休みには帰ってくるから。」



抱き締められて密着した身体を通して聞こえる裕介の低音が心地よくて、いつまでもこうしていたいと思ってしまう。
生活する場所は離れていても、心はいつも裕介の側に。そんな気持ちを伝えるように、沙耶は再び裕介を抱き締め返すのだった。





I Miss You







『そうそう!何とか社内プレゼンでOK貰ったから、これから皆で近くの居酒屋で打ち上げなんだよ。』



「そっか!!プレゼン上手くいったんだね!おめでとう。裕ちゃん。」



『うん、ありがとな!!オレには沙耶という勝利の女神がついてるからね!!』



「えぇ!?そんなことないよ!!私なんて何にも…」



『あ!…沙耶、ごめん!!そろそろ行かないと!また電話するよ!!じゃ、行ってくるね!!』



「えっ?…あのっ!次はいつ会え……って……切れちゃった……。」



『もう…』と呟きながら両頬を膨らませた沙耶が、持っていた携帯電話を少し乱暴にベッドに放り投げた。



裕介が四つ葉荘を出てから既に3ヶ月。
毎日のようにあった電話やメールも、裕介の忙しさと比例するかのように日を追う毎に減っていき、連絡があったかと思えば、電話越しに聞くのは『忙しい』の言葉ばかり。
久しぶりに明るい声が聞けたと思えば、話半分で沙耶は知るよしもない『向こう側』の世界に戻ってしまう。



「本当に打ち上げなの?」



勿論、裕介の事は信用している。彼が自分を好きでいてくれているというのも解っている。
けれど、遠くの街で自分の知らない時間を過ごしている裕介は笑い方さえも変わったように思えてしまう。
離れた分だけ知らない裕介が増えていくようで、彼の言葉さえ信じられなくなってしまう。



「会いたいって思うのは私だけなのかな…」



ベッドに放り投げた携帯電話を見つめながら呟いた独り言がスイッチになったかのように溢れだした涙は次々に沙耶の頬を伝い、ポタポタと絨毯にこぼれ落ちる。



「うぅっ……ひっ…く………ゆうちゃ……ひっ……く……」



上京して右も左も解らない上に、ルームメイトは全員男子という、不安だらけな新生活のスタートを迎えた沙耶にとって、明るくて優しい裕介の存在が仲の良いルームメイトから大好きな男性に変わるのにさほど時間はかからなかった。
知り合って1年。想いが通じあった冬から数えればたったの半年だ。裕介からすれば、自分と過ごした時間なんて今の充実した時間からすればとるに足らない物なのかもしれない。
こんな想いを抱えたまま、泣き疲れて眠ってしまった沙耶の手に握られた携帯電話はその後も着信を知らせることは無く、『会いたいよ』の5文字が送信されることも無いまま、再びいつもの毎日に埋もれてしまうのだった。










    
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