I Miss You 

「おーい!!沙耶!!」



「…………」



「こらっ!!沙耶ってば!!」



のんびりとした空気が流れる休日の午後のカフェテラスに、そんな雰囲気とは正反対な声が響く。
テラス席からの声はさほど広くは無い店内にも響き、カウンター席に座っている年配の夫婦が思わず振り返った。



「わっ!!ごめん!!」



「もう…さっきからずっと上の空なんだから…。あぁ、『さっき』っていうより『ここ何日か』の方が正しいけど。」



『まったく…』という言葉さえ声には出さないが、両手を腰に当てて肩をいからせてるなずなの態度で、沙耶が非難されているという事は十分に伝わる。



「ホントにごめん!!…で、何の話だっけ?」



「もういいよ。大した話じゃないし。それより!何なの!?そのいつもにも増してぼんやりちゃんな原因は!!」



「いつもにも増してって…普段からぼんやりしてるみたいに…」



「あら?違った?桜庭さんが居なくなってからはと・く・に!常時ぼんやりしてるように見えましたけど?講義の時も、私やアキちゃんとダベってる時もね!!もしも、万が一私の勘違いだったらごめんなさい。先に謝っとくわ!!」



「うぅっ…そんな……あの…すみません。違いません…。すみません…。」



先程からなずなが言っているように、裕介が地方へ引っ越して以来、『心ここにあらず』な沙耶を心配し、気分転換になれば…と誘った沙耶のお気に入りのカフェだというのに、なずなの話も上の空でぼんやりしている沙耶の姿は痛々しいくらいだ。



「あのねぇ…。私は謝って欲しくてランチに誘ったんじゃないの。桜庭さんと遠恋になったのは寂しいと思うけど、それだけじゃないんでしょ?」



「えっ!?」



「もぅ…そんなの見てればすぐわかるよ。最近ちょっと痩せたみたいだし。アキちゃんと心配してたんだよ?だから、そんなに思い詰めるような事があるなら話して欲しいって思ったの。勿論、沙耶が話したくないっていうなら無理強いはしないけど、なんかもう見てられなくって…」



「なずな…」



なずなの声で一時的に滞ったカフェに流れるゆったりした空気は再びいつもの流れを取り戻し、会話を邪魔しない絶妙な音量で流れるBGMが耳に馴染む。



(あ…この曲って裕ちゃんが好きな曲だ…)



親友がこんな風に心配してくれているというのに、沙耶自信も気が付かないうちに裕介に関する物へ意識がいってしまう。




(これはかなり重症かも…)



なずなが指摘したようにここ数ヵ月で減った体重と上の空な毎日。日常生活に支障をきたすというのはこの事だ。
心配させまいと話さずにいた事が返って友人達の心配のタネを増やしていたのだと知らされた沙耶は少しずつこれまでの裕介との出来事や自分の気持ちを話し始めるのだった。











「ごめんね。ランチなんて言いながら結局こんな時間までつきあわせちゃった。」



「ちょっと!この期に及んで今更そんな事言う!?」



夏に向かって進む季節。徐々に延びている日暮れの時間とはいえ、行き交う車のヘッドライトが夜の街並みを彩り始めている。



「話聞いて貰ったら少し楽になったかも。こんなことならもっと早く聞いて貰えば良かったよ。今日はホントにありがとうね!!」



「そうでしょ!?話聞くくらいならできるんだから、私には遠慮しないで何でも言ってよね!!それに、『連絡が来ないー!!』って悩むくらいなら、沙耶から連絡取ってみたら?意外と桜庭さんだって、沙耶からの連絡待ってるかもよ?」



「うん。そうだね。帰ったら電話してみようかな!」




じゃあ、また学校でね。と手を振り合い、四つ葉荘とは反対方向へ向かうなずなの背中を見送った沙耶は四つ葉荘へと向かうべく、くるりと踵を返して歩き出す。
なずなに話を聞いて貰ったせいなのか、裕介が居ない四つ葉荘に向かう足取りがいくらか軽くなっているようだ。




(そっか…待ってるだけが脳じゃないよね。早く帰って電話してみよう!)



よしっ!と小さく呟きながら見上げた星空は、幾度となく裕介と一緒に見た星空を思い出させ、四つ葉荘へと向かう沙耶を急がせる。




(裕ちゃん…会いたいよ…)




はやる気持ちはいつの間にか沙耶を走らせ、バッグの内ポケットに収まっていた携帯電話は胸元でぎゅっと握られている。
ハァ、ハァと上がる息遣いとドキドキと高鳴る鼓動だけが沙耶の聴覚を支配する。
週末の幹線道路に並ぶ車のエンジン音も、すれ違う人々の楽しげなおしゃべりも聞こえなくなり、ただひたすら四つ葉荘へと足を走らせるのだった。




……――数時間後……――








「どうしよう……」



四つ葉荘へと帰り着いた沙耶は夕飯もそこそこに自室へ駆け込み、携帯電話を手に室内を行ったり来たりしている。
ディスプレイには『ゆうちゃん』の文字と電話番号が表示されたまま、通話ボタンを押す事が出来ない沙耶の胸に抱きしめられている。




「あんまり遅い時間にかけたら迷惑だから早くかけなきゃ…でも、今かけたら少し遅い夕飯中かも…っていうか、かけたところで何を話せばいいんだっけ!?あぁー!!もう、かけらんないよぅ!!」



親友に背中を押して貰ったさっきまでの勢いはどこへやら…。
今電話をしたら迷惑なんじゃ…という思いが飛躍して、もし友達と一緒だったら…もしそれが女の子だったら…。なんて、あらぬ妄想ばかりが思考を支配する。



「ダメダメ!!ネガティブ思考はやめるんだから!!」



邪念を振り払うようにふるふると頭を振り、自分に言い聞かせるように少し大きな声の独り言を呟いた沙耶は、意を決して携帯電話を持ち直し、いざ通話ボタンを押そうと親指に力を込めたその時だ。



「きゃっ!!」



耳馴れた着信音が鳴り響き、バイブの振動が手から全身に伝わる。
着信を知らせ、明るくなったディスプレイには『裕ちゃん』の文字。



予期せぬ音と振動にバクバクと跳ね上がった鼓動のせいで、うまく息も出来ない沙耶は、脳内が酸素不足になったせいなのか、『電話にでなきゃ』という思考に辿り着くまでに随分と時間がかかってしまう。



「えっと、電話!!でなきゃ!!……っはい!!もしもしっ!!」



慌てて携帯電話を落としそうになりながら通話ボタンを押せば、ずっと聞きたかった声が耳を擽る。



『もしもし?沙耶?どした?なんか慌ててるみたいだけど…。今電話しちゃまずかったかな?』



「うっ…ううん!!違うのっ!!私も裕ちゃんに電話しようとしてて、そしたら裕ちゃんから電話が来て、びっくりして…」



『ははっ!そっか。メール打ってる時とかに電話来たりするとびっくりするもんな。しかし、オレらはやっぱ気が合うね♪以心伝心ってやつ?』







   
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