〜In Bunta's case〜満たされる愛人と関わるのが怖かった。
人と関わればそれだけ…傷つくことが増える。
触れ合えば離れられなくなる。
それなら最初から近づかない方がいい…。
ずっとそう思っていた。
そんな俺の頑なな心を融かしたのはキミ。
「人を撮るなんてありえない。」
そうキミに言ったあの時から、キミは俺の特別になっていたんだ。
「…何か…おいしい匂いがする…。」
「あ、栗巻さん。起きたんですか?」
「うん。何…それ。」
「バナナですよ。」
「ぐちゃぐちゃ…。」
「ふふ。つぶしてますから。こうやってケーキの生地に混ぜて、バナナケーキにするんです。」
そういえばカズさんが商店街でバナナを沢山貰ってきてた。
なかなか減らなくて困るって言ってたような…。
「完熟バナナって日持ちがしないでしょ?このまま置いておくと痛んで食べられなくなっちゃうのが勿体無くて。」
そう言いながら手早く生地を混ぜ、オーブンの温度も確認する手際の良さに、つい見とれてしまう。
「栗巻さん、バナナケーキ好きですか?」
「うん。」
「良かった。30分くらいで焼けるので、出来たら一緒に食べませんか?」
「いいの?誰かにあげるんじゃないの?」
「あげないですよ。皆でおやつに食べようと思って作ったんですから。あ、勿論、美味しく出来たら…ですけど。」
休日の昼下がり。
エプロン姿のキミがキッチンでケーキを焼いている。
2人きりという状況も手伝って、新婚の夫婦になったような、幸せな気持ちに満たされる。
「良い匂い…。早く食べたい。」
「もう少しで焼けますから。」
ずっと空っぽだった心のグラス。
キミに出会って少しずつ満たされて…。
いつの間にかキミで溢れていた。
「お待たせしました!まだちょっと温かいですけど…。」
「いい。もう腹ペコ。」
いつも温かくて、優しくて、俺を幸せな気持ちで満たしてくれるキミが大好きだから。
「あの…どうですか?味…。」
「んん、おいひぃ!!」
「ふふっ。良かった。まだありますから、ゆっくり食べてくださいね。」
今度は俺が君を幸せで満たしたい。
溢れる想いは誰にも負けない。
〜In Chihiro's case〜深遠な愛感情的になると……人と深く関わると、ロクな事にならない。
ずっとそう思っていた。
感情を表に出さない癖がついてしまっただけの俺は、端から見ると『クール』に見えるらしい。
そんな俺の心を乱す君は、クルクルと表情が変わる感情その物で。
「先客ありか…。」
「え…!?あ、菊原さん。練習は終わったんですか?」
「いや、少し休憩しようと思ってね。君は?」
「私も休憩です。週明けに提出のレポートがなかなか終わらなくて…。」
アトリエに籠りきりの練習の合間の息抜きに、屋上へ来てみれば、夜空を見上げる君が先客で。
「隣、いい?」
「はっはいっ!!どうぞ…。」
少し慌てたように頬を赤らめる君が愛しくて。
「そんなに離れなくてもいいのに。いきなりキスしたりしないから…。」
「えっ!?キッキス!?って、何言ってるんですか!!私はただ座るスペースをあけようと…」
真っ赤に染まった頬で抗議をする。君ならきっとこんな風になるだろうって分かっていてわざと意地悪を言ってみる。
「ははっ!そんなに慌てなくても…。それとも、少し期待してた…とか?」
そう言いながら並んだ肩に腕を回して、軽く引き寄せるように体を近付けてみる。
「!?」
抱き寄せた小さな肩がぴくんと跳ね上がり、動揺で言葉も出ない君は、不安げに俺を見上げる。
「なんて…。一方通行なキスはしないから、安心して。」
悪かった。と言って君を開放したけれど、腕に残る温もりが逃げないよう、ぎゅっと手を握る。
「あの…何かあったんですか?」
からかわれるような事をされたのに、心配そうに俺を見上げる君は本当にお人好しだ。
「いや…何もないよ。あ…流れ星だ。」
「えっ!?ほんとですか!?どこ!?」
君の純粋な心に毒気も抜かれて、子どもみたいに君をからかった自分が恥ずかしくなる。
笑ったり泣いたり、怒ったり驚いたり…。そんな当たり前の感情を、当たり前にぶつけてくれる君に、いつしか心が奪われていた。
「残念…私は見えませんでした。」
そう言ってはにかんだ君の笑顔が愛しくて。
「じゃあ、今度見に行こうか。」
「え?」
君の全てを独占したい。
「ここよりずっと綺麗な星空が見える所。それほど遠くないんだ。」
「わぁ…素敵ですね。是非行きたいです!!」
屈託なく笑う君は、この感情をぶつけても同じように笑ってくれるだろうか?
抑えきれない感情があると知ったから。
溢れる想いを伝えたい。
いつか、必ず…。
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