(ロブ・ルッチ/海賊)
※『』の続き



「…………………」

恐怖に怯えた目をしていたんだろうか。
恐怖に震えていたんだろうか。
何も覚えていない。
そんな彼女を記憶したくなかったから、彼女のことはあまり見なかった。
思い出すのはあの笑顔だけで良いと、ただ現実から逃げ続けた。

「ルッチ」

「なんだ」

「何か考え事か?」

通路を挟んで隣の座席に座っているカクが、おれにだけ聞こえるように言う。
海列車のこの車両は酷く静かだったが、外は嵐。
雨や風が窓を叩き、波は全てを呑み込まんと荒れ狂う。

「いや」

「何を考えておったんじゃ?」

「おれが何を考えていようが別に関係ないだろ」

「やっぱり考え事はしとるんじゃな」

軽く口端だけをあげたカクを横目で睨むと、カクはわざとらしく肩をすくめる。
おれはそれが気に喰わず、壁に寄りかかって窓の外の暗闇を眺めた。

「まぁ構わんが…任務に支障は、」

「そんなことを今更おれに言うのか」

「………それもそうじゃな」

ウォーターセブン。
水の都で過ごした数年間など、おれの中ではもはやどうでも良いものへと成り下がっていた。
そうすることが義務でもあるが、そういうのではなく、おれにはあそこで過ごした人生はどうでも良いものだったのだ。

「(―――本当に?)」

自分の頭に訴えかけた自分の声に、驚く。
何故そんなことを自問自答する。
そんな、まるで。
あの街に未練があるような。

「………なまえ、」

「!」

知っている名前が聞こえた気がして、おれは横を向いた。
呆れた表情をしているカクが視界に入る。

「………………」

「なんだ」

「あの子の名前を出すだけでこれだと、かなりの重傷じゃよ」

カクの視線が鋭くなり、おれの中を見ようとする。
おれはそんなカクから視線を顔ごとそらし、外の暗闇を見る。

「彼女の存在なんて、すぐに忘れる」

「じゃが…」

「黙ってろ」

殺気を込めて低く言うと、カクは観念したように黙ってその長い足を組んだ。

「今更、おれはそんなものを望んだりはしない」

その呟きがカクに聞こえたかどうかはわからないが、もうおれは喋ることを放棄することにした。
暗闇を見つめ、思い出す。
この列車が止まるまでに忘れるべき思い出を。


「おれもだ、」



そう、あの時言えたらどれだけ良かったんだろう。

望まない世界に望まれる人間が望んだ未来は望まなかった物語の結末を


(知ってるんだ)
(それがどれだけ幸せな事か)



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