(ロブ・ルッチ/海賊)第一ドックの隅っこ。
職人達の邪魔にもならず、なおかつ居心地の良いこの場所。
勿論市長であるアイスバーグさんには許可をもらっていて、いつものようにそこから見える街をただ静かに眺めていた。
「どうしたなまえ。考え事か?」
「…パウリーか……」
「んだよ、悪かったなルッチじゃなくて」
「え!は!?な、んでそこでルッチさんの名前、が…」
やっぱり、といったような目で私を見るパウリーに私は慌てて顔を前へ向けた。
小さくため息をついて、パウリーは私の隣に腰掛ける。
なんでパウリーがため息をつくんだ。
ため息をつきたいのは私の方だというのに。
「わっかりやすいなーお前」
「う、うるさい!」
片膝をたて、パウリーは私と同じ風景を見つめる。
2人の瞳に映っている景色は、きっと同じ。
だけど彼の―――ルッチさんの瞳に映っている景色は、きっと違う。
確固たる理由は無いが、なんとなく。
ただなんとなく、そんな感じがしただけなのに。
「最近暗いよな、お前。何かあったのか?」
「え?うーん…」
彼と私は結ばれないだろうと、心のどこかで確信していた。
「なんだか、ルッチさんが遠くに行っちゃう気がして…」
「は?なんだそれ。ルッチに引っ越しの話なんて聞かないぞ?」
「そういうんじゃないの!…まぁ、ただなんとなくそう感じただけだし…。私、最近考え込みすぎてたのかも」
そう言って、立ち上がる。
パウリーがもう行くのか、といった顔でこちらを見上げたので、目があった。
そして何か言いたそうに、パウリーは目線を横へ流す。
「お前さ、その…そんな風に思うんならよ…」
「?」
「ルッチが、遠くに行く前に…ほら、そのだな…」
気のせいか、パウリーの顔が赤い。
熱でもあるのだろうかと思い、パウリー、と名前を呼ぼうとしたら「あーっ!もう!!」と叫び、勢いよく立ち上がった。
私はパウリーのよくわからない行動に唖然とする。
「そんなうだうだ考えてないで、さっさと告白すればいいだろ!!!」
「―――――!!?」
顔を真っ赤にしたパウリーの言葉に、私の顔にも熱が急速に集まっていくのがわかる。
パウリーは「あー、くっそ…」と自分の発言を恥ずかしがっているのか、その場にしゃがみこんでしまった。
「パ、パウリーのハレンチ!」
「ふざけんななんでだ!!!」
顔を上げて私へそう怒鳴ったパウリーは、驚いた表情で固まっていた。
「『パウリー、こんなところにいたのか』」
「―――――!!?」
後ろから聞こえた声に驚いて、弾かれたように振り返った。
「『休憩時間は終わりだ。さっさと戻ってこい。クルッポー』」
ルッチさんの腹話術にあわせて、鳩が動く。
私は口を閉ざしたままパウリーを見下ろしているルッチさんから、目が離せなかった。
視界の端で、パウリーが立ち上がる。
「わかったよ。……っと、なまえがルッチに話したいことがあるみたいだぜ」
「えっ!?ちょっとパウリー!」
「おれは先に戻ってっから」
私の制止もむなしく、パウリーは颯爽とその場から姿を消してしまう。
視線を感じ、恐る恐る横を向いた。
何を思っているのかわからないその瞳と、視線がぶつかる。
「『………………』」
いつもこうだ。
私を見るときのルッチさんは、何も喋らない。
それは照れているからだとカリファさんは言っていたが、どう見てもそんな風には思えない。
「………………」
何かを、言わなくては。
彼もパウリーを呼びにきただけで仕事の途中だっただろうし、そうでなくても暇じゃないだろう。
なんでもないですとでも言ってこの沈黙を終わらせることは、簡単だ。
しかし、それでは。
「(もしも本当に、彼が遠くに行ってしまうのなら―――)」
「…………、」
「―――――え、?」
今、一瞬。
ルッチさんに、名前を呼ばれた気がした。
腹話術ではない、本当の声で。
いつの間にか下を向いていた顔をあげると、そこにはいつもの彼。
「『話してくれないと、わからない』」
それはいつもの腹話術だったけど、声音はひどく優しかった。
だから私は、意を決した。
心を落ち着かせようとして失敗したが、もうなんでもいい。
こんな機会をくれたパウリーには今度ご飯でも奢ってあげよう。
そんなことを考えながら、私はルッチさんへと言葉を紡いだ。
「私は、あなたが好きです」
そう言って、返事を聞くのが怖くて、私はその場から逃げ出した。
それが彼にとって、(私にとっても)とても困るものだと知りながら、一度走り出した足は止まってはくれない。
一番ドックの入口ですれ違った麦わら帽子の青年が、何故か酷く印象に残っていた。
志せない世界で志した人間が志していた過去に志を忘れた物語の始まりは
(知らなかったんだ)
(それがどれだけ不幸せなことか)
→『望』へ続く