01:日常と非日常



はぁ……しんどい。
毎日。
毎日。毎日。
平凡。日常。退屈。

いや、こんなことを言っていたら怒られる――あの色黒のおっちゃんに……。
退屈だ、と一言で言ったとしても、これでも一応男子バスケットバスケットボール部のマネージャー、しかも2年目だし、決して暇だ、というわけではない。
私の通う海南大附属高校は校内の部活動の取り組みがとても盛んで、生徒の大半が何かしらの部に所属している。
各々の生徒が活動に熱心だということは、マネージャーと云えどもそれに比例してこなすべき仕事量はかなり多く、私自身も放課後はひたすらに部活三昧。
またそれに加えて、私がうっかり入部届を出してしまった海南大附属高校男子バスケットボール部は校内外問わず特別な存在だった。
昨年はインターハイの準決勝で敗退してしまったが、それでも全国の4強に顔を連ねる云わば強豪校。
そんな輝かしい実績を持つ男子バスケ部の練習は非常にハードで、部員全員が一丸となり高みを目指す非常にストイックな練習を日々続けている。

入部して以来、私もマネージャーとして部の練習や試合に付き添い、何もわからないまま彼らと同じような時間の使い方をしていたら、いつの間にか女友達と過ごすよりも男子バスケ部の仲間と過ごす時間の方が圧倒的に多くなってしまっていた。そのせいで、気が付いた時には私の高校生活はまさに部活を中心に回っていたという結果に。

――どうしてこうなった?

ねぇ……私、大丈夫かな?
女の子として終わってる、ってことはないよね?
世の中的には10代華の女子高生だよ?楽しいことしてなんぼ、遊んでなんぼなんでしょう?そうなんでしょう?女子高生っていう生き物は。

周りを見渡せば同級生の女の子たちは、オシャレやメイク、コスメ、好きなタレントや芸能人、そして恋バナと、休憩時間になるや否や共通の話題でキャッキャッと集い盛り上がっていて、そんな光景を横目で眺めながら、私はいつも少しだけ羨ましく感じている。
きらきらと輝かしく眩しい彼女たちの姿に、自分には無いものを重ね、本当にこのままで良いのかと焦りすら感じていた。

本当にこのままで良いの?――良いわけがないよね!!!



「よしっ!10分休憩!静!」

部の主将である牧さんの小休憩開始を知らせる大きな号令が館内に響き渡り、私はぼんやりと彷徨っていた瞑想世界から引き戻された。
ストップウォッチをぼんやりと握りしめたまま、バスケットシューズのスキール音がしきりに鳴り響く体育館に身を置き、部員の練習風景を心ここに在らずといった調子で意識を半分以上手放しながら、ただただ目の前の光景を眺めていただけ。
緊張感などは全くない。ピリピリとしてるのはプレイヤーである男子部員たちだけで、とにかく厳しいと有名な練習にどうにか振り落とされないように食らいついている。
そんな彼らの様子とは対照的に、ただ私は変わり映えのしない毎日に溜息を交えながら憂えるだけだ。

そこへ先程のお腹に響くような牧さんの低い声が耳に届き、ハッと我に返ったというわけ。

「は、はいはーい!準備出来てます」

はぁはぁと息を荒くしながら各々の部員たちがスポーツタオルで汗を拭う中、練習開始前から一人でコツコツと準備していたドリンクボトルを順番に手渡していく。

「さすが、うちのマネージャー!やる時はやるよな?頼りにしてるぞ」

「……何も出ませんよ?そんなこと言っても」

「ははっ、何だ、そんなつもりじゃないけどな」

目の前にやって来た牧さんは、褐色の肌に白い歯を微かに覗かせながら上機嫌にそう言った。
呼吸が荒く、見るからにギリギリの後輩部員たちとは異なり、さすが彼には笑い声すら零せるほどの余裕さとタフさがある。
ドリンクを口に含めていた牧さんへと横目で冷めた視線を向けながら、私は少し鬱陶しいいつもの絡みをさらりとかわして、極めてドライに振る舞った。
たださすがに部員たちが汗水垂らして練習に励んでいる最中、一人でこの現状を憂れて瞑想の世界に旅立っていたとは口が裂けても言えない。

それから私の素っ気ない言動に少しだけ眉をしかめた牧さんは、尚も私の様子を窺い見ていた。感情の読めない彼の視線がこちらに刺さるが、もちろん知らないふりを通す。

「なんだよ、そんな言い方をしなくてもいいだろう?俺はお前には一目置いてるんだがな。そんなに睨むなよ、可愛い顔が台無しだぞ、なぁ?」

「……」

軽く拗ねたように言い放つ様は、天下の海南大附属男子バスケ部主将とは到底思えない。
そんな彼に少しだけ苛立ちを覚え、返答するのも馬鹿馬鹿しくなり口を噤み黙り込んだ。
牧さん自身は決して悪い人ではないのは解っている。ただ、たまに物凄く面倒くさい時があるのが玉に瑕だ。それが無性に私の癪に障るのは、今日に始まったことじゃない。

「牧さん、うざい」

「なんだよ、うざいって。一応でも先輩だぞ」

「え、そうでしたっけ?はいはい、すみませ〜ん」

「なんだよ、可愛くない奴だな」

「結構、結構!私が可愛くないのは今に始まったことじゃないし」

「はははっ、まぁ、良い。そういう飾り気のない素直なところ、案外にお前の面白いところだと思うぞ。……よし、続き始める!」

パンパンと大きく手を叩いて、再度大きな声を張り上げて部員に練習再開を呼び掛ける牧さんの大きな背中を見つめながら、私は呆気に取られていた。

なに、今の……最大の皮肉はどうやら牧さんには伝わらなかったようだった。
素直、という点では牧さんの方が私より何倍も素直だと思う。彼は基本的に思ったことは口にするし、やりたいと思ったことは躊躇いもなく行動に起こす。また逆も然り。
その実直さが気持ち良いと言ってしまえばそれまでだけど、突き抜けた素直さは天然な部分も相まって、私にとっては鬱陶しいと思うこともしばしばだった。
ただ一言だけ弁明しておくが、私だって何の理由もなしに主将であり学年も上である牧さんに対してこんな風に思ったり、悪態をつくわけではない。

牧さん――良い先輩だとは思う。とてもよく可愛がってくれてる……と思う。
基本的には悪い人じゃない。
彼自身が主将だからなのか、それとも私が部唯一のマネージャーだからなのかは分からないけれど、バスケ部の中では先輩後輩に関係なく比較的よく一緒にいるほうだと思うし、学校の外でもプライベートで頻繁に会って一緒に食事をしたりもしている。もちろん他の部員が一緒の時もあれば、二人きりの時も。

ただ!何より誘いがいつも急なのだ。これが牧さんに対して、初めて鬱陶しいと感じ始めたきっかけだった。
私が誰とどこに居て、何をしていようと全くのお構いなし。
私の携帯電話に牧さんからの着信だと思って応答すれば、「あぁ、静か?今どこにいる?いつもの所にいるから来いよ」、と有無を言わさない圧力。
一種のパワーハラスメントなのではないかとさえ思う。当然、本人には全くの自覚はなく、取り付く島もない。
予定や都合を聞いて確認するってことを全くせず、呼び出せば必ずやって来るものだと信じて疑わない辺り、自己中心的を通り過ぎて、もはやあっぱれだ。
少なくともこんな人、私の周りには牧さんくらいしか思い当たらない。

暇だから誘う。
思いついたから電話してみる。
一緒にいて楽しいから遊ぶ。
彼にとっては、きっとそんな単純なことに違いないのだろう。巻き込まれるほうの身にもなって欲しい。

とは言いつつも、結局のところ呼び出されて、私もその場に行ってしまうのも悪いのだろう。鬱陶しい、面倒くさいと感じながらも、牧紳一という人を嫌いになりきれないのは、おそらく彼のそういう実直さが憎めないからなのかもしれない。


牧紳一――見かけによらない天然な一面を持ちながら、事バスケットボールに関しては現存の高校生の中では間違いなくトップクラスのプレイヤーだというのがまた不思議だ。バスケのセンスや感覚、そして何よりフィジカルの強さは他の選手と比べて桁外れて素晴らしいとしか言いようがないし、試合中はまるで別人なんかじゃないかと疑ってしまう程、彼の凄さは素人目の私から見ても明らかだった。

入部して初めて、試合に出場する牧さんの姿を目にした時は、正直鳥肌が立つほどだった。コート上の誰よりも目立ち、そして上手く采配を取るゲームメイク力、力強いプレーに加え、タフなスタミナ。どれをとっても欠点が見つからない。何も知らない私でも――いや、きっと彼の試合を見た誰もが牧さんの圧倒的な力に言葉を失い、見入ってしまうほどの魅力を持っていると思う。
現に高頭監督が他の選手には厳しく当たるのに対して、牧さんにだけは怒鳴って指導しているところなんて一度も見たことがない。

バスケに関することならば彼は求められることに対して忠実に応え、監督からも他の部員からも絶対的な信頼を得ているプレイヤー。現代の海南大附属男子バスケ部にとって牧紳一以外の主将はまずあり得ないし、彼がチームの頭として存在することに、何よりも意味がある。
牧紳一の中身は実はアンドロイドなんじゃないかと疑ったことがあるのは、一度や二度じゃない。
それほどまでに常人を逸する存在だ。(いろんな意味で)


そんな牧さんと私の関係性――これだけはとっても重要なことなので声を大にして言っておきたい。

牧さんとは、先輩後輩、それ以上でも以下でもありませんから!!
そこを勘違いしないでください!
まだ言っていませんでしたが、私にはきちんと付き合っている彼氏がいます。
牧さんに対して恋心なんて全くの皆無!ありえません。

ただ、その私の恋人との縁は結果的に牧さんが繋いでくれたようなもので、どれだけ面倒だろうと完全には無下には出来ないのが正直なところだった。
私の彼との出会いのきっかけ、それも牧さん得意の急な呼び出しが事の発端だった。
その時の状況を説明するとこうだ。


「静、今から来いよ、暇だろう?」

その日は休日で、家の中でのんびりと過ごしていた私はいつものように牧さんからの電話を受けて、海南男子バスケ部御用達のファミレスへと向かった。
学校のある最寄り駅から少し離れた場所に位置するそのファミレスは、大体にしていつ行っても空いている。部活の帰りや食事をしながらの軽めのミーティングなどにもよく利用していて、従業員の顔ぶれもなんとなく覚えてしまえる程度には常連だ。
「いつもの場所な」、と言われれば、そのファミレスを指すというのがうちの部の暗黙の了解だった。

店内へ入り、きょろきょろ見回すとひと際大きい身体をしている牧さんの姿はいつもすぐに見つけることが出来る。出入口付近で、はぁ、と小さな溜息を一つ吐き終わってから、ゆっくりと牧さんの座るテーブル席まで近寄って行くと、牧さんは席に座ったまま私を見上げて、「あぁ、遅かったな」と、余計な一言。

「あのね、牧さん。遅かったな、じゃないんですよ。どうしていつも急なの?それに、どうして休みの日にまで顔を合わせる必要があるんですか?」

顔色一つ変えず目の前でそっとコーヒーを啜る牧さんに対し、私は開口一番に嫌味をぶつけた。
しかし彼は何も悪びれる素振りすら見せないで、お前は何を言ってる?と言わんばかりの惚けた表情を露わにした。

「ダメなのか?」

「え、ダメでしょ」

「またまた、嬉しいくせに。静は俺のこと好きだろ?」

「は?」

唐突にぶつけられた言葉に開いた口が塞がらない。なんだか突然当て逃げにでもあってしまった気分だ。完全に油断していた私は、牧さんの言葉に上手く返すことが出来なくて、その場に固まってしまった。
この男、本当にどうしようもない。

「まぁ、そう怒るなよ。今日はもう一人来る」

「え?もう一人?誰が――」

私の疑問の言葉が遮られるように、ふいに牧さんは私の背後に視線を移した。急に表情が柔らかく変わったと思ったら、「来たな」とそっと呟き、軽く右手を上げて、“もう一人”の人物へと合図を送る仕草を示す。
私も誰がやって来たのかが気になり、その人物を確認する為にそっと背後を振り返ると、目の前にはこちらへ静かに歩み寄る男性の姿が視界に飛び込んできた。


「悪いな、藤真。急に呼び出して」

「いや?俺も暇してた。牧、久しぶりだな」

確かに見覚えのある人物――それは紛れもなく翔陽高校男子バスケ部主将の藤真健司、その人だった。

(どうして藤真健司なの?)

目の前の現状に、とにかく私の頭の中では疑問がひたすらにぐるぐると回り続けていた。
もちろん藤真健司の存在は知らないわけがない。翔陽高校の男子バスケ部主将。そして監督まで担っている数少ない名プレイヤー。そのプレイ技術と試合采配には誰もが一目置き、高校バスケ界の中じゃ彼を知らない人はいないのではないかという程の有名な選手。加えてこの容姿。彼が試合会場に現れれば、各校の女子バスケ部員、女子マネージャーがすれ違いざまに必ずちらりと一瞥してしまう存在だ。

私も彼女たちと同じく、彼が翔陽の麗しいエースプレイヤーだということは知ってはいても、個人間としては全く面識のない相手だった。ましてや通う学校も違えば学年も上だし、さすがに牧さんに対して取る態度そのままをこの藤真健司の前で出すわけにはいかない。だからこそ余計に気を遣って恐縮してしまう。

私はとうとうその場に居た堪れなくなって、藤真さんの方へ向けていた視線を牧さんの方へ勢いよく向き直し、ジトッと目を細めて疑問の視線を送った。けれどその渾身のアイコンタクトに気が付いたものの、牧さんはまたきょとんと惚けた表情を浮かべて、私の意図を全く汲み取ってはくれない。

(バカ野郎だな!うちの主将は!)

何度も言うが、この男、本当にどうしようもない。
この状況、どう考えてもおかしいだろ!?どうしてこのメンツなの!?
私はどちらかと言うと人見知りで、なんだか一気に肩身が狭くなった。この強烈な存在感の二人に囲まれた私は、これからの時間を一体どう過ごせばいいのだろうか……。変な緊張感が全身を襲う。

じっと黙ったまま軽くパニックになっている私のことなんてお構いなしに、藤真さんは牧さんの隣の席へおもむろに腰を下ろすと私の顔をジッと真っすぐ見据えた。それから、「ひょっとして、牧の彼女?」と、机に頬杖をついて微笑みながら、愉しそうに私へ尋ねる。

「いえ、違います!」

「だってよ、牧。本当か?」

「ああ、本当だ。後輩」

「へぇ、あぁそう。どうも藤真です。名前は?」

「あ、ええと、佐藤静です……」

妙に緊張してしまって、声が少しだけ上擦ってしまった。
別に藤真さんに対して憧れがあったとか、ファンだったとかそういう下心があったわけでは決してない。けれどあの容貌でまっすぐ見つめられると、言いたいものも言い出せないというもの。
普段交流がない分、余計に厄介だった。私だって人並み程度の照れや焦りくらいは感じる。

そもそも!聞いてない!何もかもが牧さんのせいだ!
それならそうと私へ電話をしてきた時点で藤真さんも来ることを教えて欲しかった。そうすれば来ないにしろ、心構えをするにしろ、何かしらの策を講じておけたのに。さすがにこの仕打ちは酷すぎる。
再度私は牧さんの方へ助け舟を求める様に視線を向けてみるものの、案の定、どうしようもないうちの主将は全く使えやしない。面白いくらいの無関心。私のヘルプ要請など完全にスルーされてしまった。

(チッ!)

牧さんに対して、心の中で大きな大きな舌打ちをしてやった。苛立ちがふつふつと沸き起こる。
今日のこの場を設定した牧さんが上手くフォローしてくれないで、私にどうしろと言うのか……。そういうところですよ!牧さん!そういうところ!!

そんな中、私と牧さんの無言のやり取りに気付いているのかいないのかは定かではなかったけれど、藤真さんは尚も愉快そうな表情で言葉を続けた。

「あ、そうそう、俺もね、バスケしてんだよ」

「……知ってます。私、海南男バスのマネージャーなので……」

「あ、そうなんだ?じゃあ試合とかで顔合わせたことあったってことか?……なんだよ、牧。良いな、可愛いマネージャーがいて」

ついさっきまで、私の方へにこやかな表情を向けていた藤真さんが、今度は真横に座る牧さんの方へと会話の矛先を向けると、お道化たようにそう言い放った。
可愛い、などと言われてもそれはお世辞の一環だってことくらい解っている。私にとっては藤真さんの方がよっぽど綺麗な顔をしているし、そんな相手に「可愛い」などと言われたところで現実味など決してないのは言うまでもない。
そのくらい私だって弁えている――なのに!余計なことばかりをしでかすのは、やっぱりうちのどうしようもないキャプテンだ。

「そうだろ?可愛いだろ?だからこうして連れ歩いてる」

「……は?牧さんキモい。むしろセクハラとパワハラだから。存在自体が脅威。迷惑」

「あはははは!牧、キモいだって!ウケる!この子!」

「ははっ、だろ?可愛いだろう?」

隣で盛大に笑い始める藤真さんに対し、なぜだか牧さんは機嫌よく得意げにきっぱりと言い切った。
しかし、なぜこんなにも彼らに笑われているのか私には解らない。牧さんは相変わらず鬱陶しいし、全く空気が読めないで見ているとイライラとしてしまうけれど、目の前の二人がなんだかとてつもなく楽しそうだからそれはそれで少しだけホッとしたのは本音だった。
とんでもない組み合わせに、初めはどうなることかと本気で肝を冷やしたけれど、なんとかなるものだ。
だけど、とりあえず一言いいかな?

(ふざけんな!!特に牧紳一!)


今、私の目の前にいる同じ宿命を背負った二人。
何も知らない人がこの場面だけを見れば、同い年の男子高校生が楽しく会話をしているだけのように思うだろう。だけど、彼らがひとたび学校へと戻り、所属するチームの看板を背負えば紛れもなくライバル同士という関係性に変化する。
そうなれば勝ち負けにこだわりながら真剣に戦い、食うか食われるかの勝負の世界。
おそらく同じ学年ということで昔から何かと比較され続けられた対象でありながら、互いの良いところも悪いところも熟知しきった良きライバルなのだろうと思うと、なんだか胸が熱くなる。
こんな風に一人の高校生として共に穏やかな時間を過ごせること自体が、本当は貴重なのかもしれない。

私自身も藤真さんとは普段関わりがない分、彼の人柄が一体どんな風なのか今までは想像することしかできなかった。けれどこうして同じ空間を共有してみると、こんな風に楽しそうに笑える人なのだと、同じ世代を生きる同じ高校生なのだと、至極当前のことを思ってしまう。
周りとは並外れる容貌とカリスマ性のせいで、どこか色眼鏡で彼自身を見ていた部分は私にも確かにあったかもしれない。

先入観とは恐ろしいものだ。
そのギャップに見事嵌ってしまったのは私のほう。この時、藤真健司という人物に思わず興味が出てしまったことが、今思えば全ての始まりだったように思う。
人の縁とは妙なものだ。彼と出会ってから強くそう思うようになった。


それから数時間、そのファミレスで私たち3人は話し込み、別れ間際にこれも何かの縁だということで私と藤真さんは連絡先を交換することとなった。
連絡を取る、という意味では彼は決してマメな方ではなかったけれど、それでも都合が合う時があればまた牧さんも含めて三人で集まる機会も何度かあった。
少しの期間、グループ交際的なものを経て、たまたま牧さんが参加できない日に藤真さんと二人きりで会ったのをきっかけに、より深い関係を持つのもごく自然な流れだったように思う。そうなってしまえば男女の仲など、親密になるのに大して時間もかからない。
やはり縁とは不思議なものだ。

彼と一緒に過ごせば過ごすほど楽しくて幸せで、私の心はいつの間にか完全に藤真健司のものだった。
彼のほうからの交際の申し出で付き合うこととなり――そして今現在に至ります。


(2020.5.16 Revised)


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