黒うさけん


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寂しいから構ってよ【高緑/高黄】
 

 朝日を受けてギラリと光る鋭い刃先。
 相変わらず整えられている綺麗な指先は、その柄を力いっぱい握り締めているからか随分と白くなっている。
 
 ブンッ。
 
 と風を切る音と共にその刃、まあ、包丁なんだけど、を振り下ろした男はゆらりと動いて、もう一度包丁をオレ達に向けた。
 その勢いや、すっぽ抜けて包丁が飛んできてもおかしくない程度のスピードがあるから、向けられたオレ達は肝が冷えるというより、タマが縮み上がるくらいに緊張する。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
 どうしてこうなった。

 オレ達は全裸のまま、身動ぎ一つ出来ないまま、包丁を向けて立つ真ちゃんをただただ見上げるしかなかったのだ。


☆★☆


 高校を卒業して、オレこと、高尾和成は某工業大学へと進学した。本当は高校時代の部活の相棒である真ちゃんこと緑間真太郎と一緒の大学に進学したいなぁなんて淡い期待を抱いていたのだが、まあ、学力の差もありすぎてあっさりと同じ大学行きは諦めざるを得なかった。
 高校生活の大半を一緒に過ごしてきたのにここでもう滅多に会えなくなるなんてそんなのオレが耐えられないってことで、ダメもとで真ちゃんに提案してみた「実家を出てルームシェアしませんか?」案があっさりと可決。あれよあれよと真ちゃんの大学の近所のマンションを借りてルームシェアを開始。
 家事全般は、全く出来ない真ちゃんの代わりにオレが受け持つことで合意し、オレは慣れない家事と大学の勉強、それにバスケにバイトと日々忙しい生活を送ることになった。真ちゃんの顔がいつでも毎日見られるのならそれでも全然平気だと思っていたんだ。けど一緒に生活してなかなか時間が合わないことに気付いた。
 真ちゃんはバスケは続けているけどバイトはしてない。けど、大学の授業が相当詰め込みハードスケジュールらしくてそもそも空き時間がない。
 オレは昼間は結構空き時間があるんだけど、夜はバイトを詰め込んでしまったおかげで家に帰りつくのが0時を過ぎる。規則正しい生活をしている真ちゃんは相変わらず0時を過ぎてしまえば自室に引きこもり寝てしまうわけで、それを起こそうもんなら雷が落ちるし、朝は朝でオレの方が大学が遠いからって、早起きして家事して出かける前に真ちゃんに声を掛けるだけ掛けてから家を飛び出す。
 とまあ、そんな家庭内すれ違い通信みたいなことが毎日続くわけだ。
 ちなみに、オレは真ちゃんの事が好きで好きで堪らなく好きだから、付き合いたいとか思って何度かアタックしてるんだけど、真ちゃんからはっきりとイエスという答えを貰ったことはない。
 結構高校時代の頃から尽くしまくってるつもりなんだけどなぁ。けどその尽くすことに見返りを求めているわけでもないオレはあんまり強く出られなくて、結局なあなあの関係のまま現在に至る。
 オレと真ちゃんの関係って今は何と言えばいいのだろう。

 友達? 親友? 相棒? 恋人?

 あー、まあ、恋人、はありえないな。キスだってしたことがない。
 オレは真ちゃん一筋だからカノジョとかいないままだけど、真ちゃんの方も今のところカノジョらしき影は見えない。
 真ちゃん結構モテるんだけどな。あんまりそういう異性交遊とかそういったことには興味なさそうって言うか、相変わらずのバスケ馬鹿っていうか。
 うん。カノジョがいないってことはオレにもいつかチャンスがあるんじゃないかと、ずっと虎視眈々と狙ってるんだけど、ここのところやっぱりすれ違いばかりでそろそろ二年。
 心が折れそうだ。
 けど真ちゃんが好き。
 これだけはオレの中で変わらない唯一の感情。
 
 そんな中、久しぶりに涼ちゃんこと黄瀬涼太に会ったのがつい昨日。
 久しぶりって言っても、二ヵ月ぶりくらいだったんだけど。

 真ちゃんの出身中学である帝光中学出身の、特にキセキと呼ばれるメンバーは全員が全員随分と仲がいい。
 性格的に合う合わないとかあるはずなのに、何かにつけて良く一緒に遊んだり遊んだり遊んだり遊んだりしている。
 真ちゃんもよくオレとの約束をぶっちぎってまで、キセキの連中に会いに行く事がよくあって、前はよく嫉妬してたりした。
 途中からオレが真ちゃんを送迎するようになってからは、不純な動機で真ちゃんが彼らに会っているんじゃないって分かって、安心したりもしたんだけど、それにしたって真ちゃんはキセキの連中が好きすぎる。
 大学に入ってからも暇があれば、京都から東京に戻ってきた赤司と会ってたりするし、「たまにはオレを優先しろ」と言っても「その必要はない」の一点張りで、相手にしてくれない。
 真ちゃんにとってキセキの連中はそれはそれは特別な仲間なのだろう。
 カレシでもないオレが口出しすること自体が間違えているのだ。
 そうと分かってからは、嫌がらせみたいに真ちゃんにくっついてキセキの連中と遊ぶことにした。
 最初は邪魔そうな顔をされたけど、オレのコミュ力舐めんなよ。って感じであっさりと仲良くなるのも当然。黒子なんかも火神を平然と連れて来たりもしてたから、オレもここに居ていいのかなって言う気持ちになった。
 キセキの連中ともそんな感じで仲良くなってさ、真ちゃんの隣にいるのはオレだよアピールをし続けて、それも受け入れてもらって、全員で集まって遊んだのが、二ヶ月前だったワケ。
 それからは真ちゃんの学校の授業が忙しくなって、何度かお誘いもあったんだけど、それすら断ってたんでオレだけ行く用事もないしで、しばらく疎遠になってた。
 けどバイト先にフラリとやってきた涼ちゃんが、何だか深刻そうな顔をしていたから、バイト上がってからオレと真ちゃんの住んでる部屋へ涼ちゃんを連れて帰ってしまったのが、今回の悲劇の始まりだった。




☆★☆




 二十歳を迎えてしまえば、コンビニで酒を買っても咎められないし、堂々と出来る。
 テーブルの上には涼ちゃんが勝手に買ってきた缶ビールが山ほど並べられている。
 どうやら飲みたいらしい。一人でオレのバイト先に来たときもずっと飲み続けてたけどまだ飲む気か。
 いつもならストッパーの真ちゃんが、今日も帰りが遅いらしくて、オレと涼ちゃん二人っきりだ。
 一応、真ちゃんには涼ちゃん来てるよとメールを入れておく。オレと真ちゃんの部屋だからだ。無許可で部屋に誰かを入れるというわけには行かない。事後報告だけど。真ちゃんからは返事がないけど、忙しそうだから随時携帯が見れるわけでもないのだろう。

「えと、涼ちゃん? 飲みすぎは良くねーよ?」
「今日はいいっスよー、ほら高尾クンも飲んで飲んで、ぱあっとやっちゃおうよ」

 軽く出来上がってる涼ちゃんとバイト上がりで素面なオレ。当然、テンションが違いすぎる。
 勧められるままに缶ビールを渡され、飲めと言うので一口飲む。冷たくてスーッとそれはオレの喉を通って行く。
 涼ちゃんは相変わらず売れっ子モデルやってるだけあって、真ちゃんとは違った意味で美形だ。
 つか、キセキの連中って顔面偏差値やけに高いヤツ等ばっかりでやっぱりムカつく。おまけに高身長。これで女にモテない訳がない。
 天賦の才を与えられた上に神様はコイツ等に二物も三物も与えたもうたのです。キセキキセキって持て囃されるのも当然な訳。
 色々コンプレックス等々あった時期もね、そりゃオレにもありましたけれども、結構付き合いが長くなってくると目の保養だなぁとか、コイツ等変なヤツだよなぁとしか思わなくなるくらい感覚が麻痺してくる。
 そんなキセキの世代、キセキ的な存在でもある涼ちゃんがこうして飲んだくれてオレの前にいると言うのも、ある意味奇跡的といえば奇跡的な話な訳で。

「涼ちゃん、明日学校とか仕事は?」
「昼からッスー。お仕事はぁ、ない」
「んじゃ、多少羽目外しても大丈夫ってことか」
「そうッス、だからいっぱい飲も?」
「涼ちゃんの奢りだし、遠慮なく」

 多忙なはずの芸能生活に片足を突っ込んでる涼ちゃんのスケジュールを一応把握しておかないと、後でマネージャーさんに怒られる。
 深刻そうな顔をしていた涼ちゃんも自棄酒気味で、ペースを落とすことなくビールを一缶一気に飲み干して、次に手を出していた。
 店で飲んだくれてぶっ倒れられたら流石に体格差があるオレではどうしようもできないけど、ここは俺と真ちゃんの部屋だ。
 ぶっ倒れても床の上でほうっておけば、問題ないだろう。
 多分何か相談したくて、オレのところに来た。そんなのは知ってる。
 けど無理やり聞くなんて事はしない。自分から言い出すべきだ。
 オレも半分くらい残っていたビールを一気に飲み干して二本目に突入した。
 ここ最近、オレも真ちゃんが多忙で構ってくれなかったから、飲みたい気分だったんだ。
 そこに涼ちゃんが酒を持って現れた! ってなもんだから、一人で悶々と飲むよりもいいじゃんって感じだったのかもしれない。

「つまみもあるッスよ〜、いかーいかーいかー」
「ぶはっ、イカばっかりじゃん」
「イカ好きなンスよ〜、高尾クンは嫌いだったッスか?」

 大きなコンビニ袋から出てくるのは、さきいか、あたりめ、するめにイカフライ、いかそーめんとイカづくしだ。
 買ってたの見てたから、あえてのツッコミは軽めにする。
 さきいかをかじりながらビール飲むなんて、ちょっとモデルの涼ちゃんがやっちゃいけない姿だと思うんだけど。
 
「あ、いや、オレもイカ好きだぜ、後、漬物とか酒のつまみになるよな」
「ビールとイカなんてオレ達おっさんッスね」
「全くだぜ。オレ、涼ちゃんならもっとおしゃれにワインとかシャンパンとかをチーズで飲むのかと思ってたけど」
「ワインやシャンパンじゃ酔えねーッスよ、あははは」

 ワインやシャンパンを好むのは真ちゃんだ。
 チーズにもこだわりがある。ワインもその辺の安いワインじゃダメだとか言って、わざわざ高いワイン買い付けてくるから、オレもたまに晩酌に付き合って舌が肥えちゃったんだよね。
 最近はそういうのもご無沙汰だったけど。
 
「もう涼ちゃん酔ってんじゃん。今日は宅飲みだし、遠慮なく飲んでいいぜ、うるさい真ちゃんもいねーしな」
「高尾クンはいい人ッス」
「これ買ってきたの涼ちゃんじゃん」
「あ、そうだったぁ」

 あははははと朗らかに涼ちゃんは笑う。
 けどその笑いはどこか空虚な感じがするのは気のせいか。
 早いペースで涼ちゃんはすでに三缶目を空にして、四缶目に突入しようとしている。
 オレもこうなったらとことん付き合うつもりで、三缶目に手を伸ばした。
 ビールはアルコール度数が低いだけあって、どれだけ飲んでもほろ酔い加減くらいにしかならないんだけど、どれだけ飲めるかの耐久レースなんてやったことないから、自分の底は分からない。
 逆に涼ちゃんは軽口を叩きながらもぐいぐい飲みまくっている。意外とイケる口だ。顔は赤いし、何かテンションがいつもより高いし、大分舌が回らなくなってきているみたいだけど。

「そういや今日、緑間っちは?」
「ん〜。学校の課題が大変みたいで、最近オレより帰りが遅いんだよな」

 オレと涼ちゃんの間で交わされる会話は、大概ここに居ない真ちゃんの話だったりキセキの話だったりする。
 他にもいろいろ話は弾むネタあるんだけど、どうしても二人共通の話題と言えばそれが一番ホットだからだ。
 ようやくこの部屋に真ちゃんがいないことに気付いた涼ちゃんはキョロキョロと辺りを見渡しつつ、オレに所在を聞いてくる。

「じゃあ、高尾クン寂しいんだぁ」
「…………まあ、寂しくないとは言わねーけど」
「素直じゃないッスねぇ。高尾クン。オレも、寂しいんだよねぇ。はぁ、寂しい」

 トロンとした目で小首を傾げてしばらく考えた後、ニヤリと笑う涼ちゃんは果てしなく艶っぽい。というかあざとい。こんな表情向けられて落ちない女はやっぱりいないと思う。オレは男だし真ちゃん好きだから、落ちないけど。
 
「寂しいってまた女の子に振られたの? 涼ちゃん」

 絡んでほしそうだったから、俺はするめの足をかじりながら、すでに自分で座る事が出来なくなってテーブルに突っ伏し気味に寄りかかりつつも缶ビールを傾けている涼ちゃんに声を掛ける。
 ようやく、相談する気になったのか?

「うー、……うん。あたしのこと見てない人と一緒に居ても楽しくないってあっさりフラれちゃったッス」

 涼ちゃんはモテる。モデルで有名人だからって言うのが女の子達には一種のステータスになるのか、言い寄ってくる子が多い。
 そんな涼ちゃんだけど、叶わない恋をしている。それも中学生のときからずっとだって言うから驚きだ。
 叶わぬ恋なら、試しに他の女の子と付き合ってみてそっちの方が好きになるかもしれないと、結構とっかえひっかえしてるみたいだけど、大体振られる。残念なイケメンだったりする。
 仕方がない。高嶺の花が高嶺の花過ぎるからだ。
 高校は分かれてしまったけど、次は絶対離れないとか言って、涼ちゃんはわざわざ同じ大学の同じ学部を受験し合格。晴れて同じ大学に通っているというのに、全然靡いてくれない。
 その相手はびっくりオレも知ってる黒子テツヤ。影の薄いオレのバスケのライバル。いやいや、嘘だろ? って思ったけど、同じように真ちゃんスキーで相変わらず報われないオレにも同情してくれてお互い時折こうやって相談しつつ愚痴吐き大会をしているわけだ。

「あーあー、涼ちゃんさー、何でも黒子のこと一番にしすぎなんじゃねーの?」
「だって、黒子っちだもん」
「だってもクソもねーって。付き合ってる彼女優先してあげねーと、そりゃ嫉妬もするだろうし、不満にも不安にもなるだろうよ。女の子が」
「分かってるッスけど、でも、黒子っちがいいもん」
「もんって可愛く唇尖らせても黒子でてこねーからな」

 一応誠意ある感じで付き合ってはいるらしいんだが、同じ大学の同じ学部だってことで、当然授業が被れば涼ちゃんは黒子を優先する。そうしたら女の子が不満に思うのは仕方ないわけで、因果応報っていうか、女の子と付き合う試みを辞めればいいのにと思うほど、いつも惨敗している。
 涼ちゃんの想い人である黒子のほうはと言うと、相変わらず何を考えてるのか分からないいつもの調子で涼ちゃんと付かず離れずの友人関係を構築している状態だというし、本当のところ涼ちゃんのことをどう思っているのか全く読めない。
 真ちゃんがオレのことを体のいい下僕だとか相棒だとか親友だとかどう思っているのか分からないのと同じくらい、涼ちゃんと黒子の関係も分かりづらいものになっているということだ。
 オレもやっぱりもう少し頑張って勉強して、真ちゃんと同じ大学に通えば良かったなんて思えるくらい、涼ちゃんの話す黒子とのキャンパスライフは楽しそうで余計にツライ。

「えー」
「呼んでほしいなら今すぐ呼ぶけど?」

 皆、都内に住んでいる。
 まだ二十三時を回ったくらいだから、黒子に連絡入れれば気が向けばやってくるだろう。黒子はこのマンションの所在地も分かってるし。
 携帯を取り出して電話しようとしたところを、涼ちゃんの長い手が伸びてきて奪い去る。

「ダメ、黒子っち呼んだらダメッス」
「寂しいんだろ、オレなんかに会わずに黒子に会って言えばいいじゃん。寂しいって」
「そんなこと言えねーッスよ。無理無理」

 涼ちゃんは眉根を下げて苦しそうに笑いながらもオレの携帯を遠くに放り投げた。
 黒子のことだから意外とあっさり受け入れてくれそうな気もするんだけどなぁ。何を遠慮してるのやらと思ったけど、自分のプラトニックさを引き合いに出されてしまえば、立つ瀬もない。
 もしも本気で迫って今の関係を崩されてしまったらと、考えると恐ろしくて何処にも進めない。
 隣に居られることが唯一の幸せ。

「高尾クンだって緑間っちにホントのこと言えないでしょ?」
「オレ、好きだーっていっつも言ってんだぜ?」
「オレだって黒子っちに好きって伝えてるッス」
「けど、流される」
「そうなンスよ、聞こえないフリしてたり、本気で聞いてなかったり、スルーされたりする」

 同じ境遇の傷の舐めあい。
 愚痴るだけ愚痴ってスッキリしよう大会。
 気付けばビールの空き缶は二人で二十缶を超えるくらいにまで飲んでいる。
 スルメは美味いが、やっぱり物足りない。
 ふわふわふわふわとうだつのあがらない話を続ける。

「オレが女の子だったり黒子っちが女の子だったらこんなに悩まないッスよ」
「オレも同じだよ、真ちゃん女の子にならねーかなぁ」

 性差があれば、こんなに悩むことはない。そうだ。好きになった相手が女だったり自分が女だったらもうとっくに告白なりなんなりやってしまっている。
 けれど、オレも涼ちゃんも男で好きになった真ちゃんや黒子も男だ。
 多分、同じ男同士、同じ時間を共有できるというそんな残酷な幸せが余計に今の関係を壊したくないのだと、そうやってオレ達を怯えさせる。

「……オレ、意外と男にもモテるンスよ」
「え? マジ?」
「うん、良く声かけられるし、でもオレ女の子の方が好きだから男と遊んだことはないんだけど」
「うわあ、未知の世界だぜ、それ」
「高尾クンだって学校なんて狭い社会から出てみれば意外とモテるんじゃないンスかぁ?」
「いや、別に女の子にモテればそれでいいってか、オレは、真ちゃんがいればそれでいいから!」

 芸能界ってのは恐ろしい世界だ。大人や子供が無秩序な社会に放り込まれるんだからそりゃいろんな人が居るんだろうけど。
 涼ちゃんはアホの子に見えて色々なものを見てきているし経験もある。
 視野を広げるには、そういうところに放り込まれた方が凄く広がるんだろうけど、見たくなかったものも見せ付けられるのは、鷹の眼を持つオレとしてはごめん蒙りたい。ってか、年相応の経験地でいいや。なんて思ってしまう。

「あー、もおおお、もっとオレ、魅力があって黒子っちをメロメロの虜にできればあああああ」

 ばたりとテーブルに突っ伏した涼ちゃんはすでに出来上がっているようだった。酔いが回って耳まで赤い。

「ねえ、高尾クン、オレ、そんなにセックスアピールないッスか?」

 突然顔を上げた涼ちゃんはそう言って、着ていたシャツの首もとのボタンを外しながら、オレに問いかけてくる。
 アルコールを摂取したことでほんのり赤くなった肌を惜しげもなく晒してだ。
 半分くらい酩酊感のあるオレはドキリとした。

「えーと、ないわけじゃ、ねーけど」

 女なら一発で落とせる涼ちゃんの凄まじい色気は、時にオレをもその毒牙にかけてこようとする。
 ずいっと身を乗り出してきてオレの肩に頭を乗せる涼ちゃんはあざとい。心臓がドキドキと鼓動を早くする。アルコールの匂いに紛れて涼ちゃんの甘いフレグランスが鼻腔を刺激してくる。ゴクリと唾を飲み込む。
 
「ないわけじゃないってことはあるってこと?」
「あるっていうか、てか、なぁ、涼ちゃん、オレ落としても意味ないって事分かってるっしょ?」
「へぇ、落ちそうなんだ?」

 涼ちゃんの声がやけに艶をおびて耳に入ってくる。耳元で話をしてくるから息が耳にかかってぞわりと背筋があわだつ。
 やけに赤い舌で自分の唇を舐めた涼ちゃん
 キセキのヤツ等って才能にも恵まれてるけど当然体格にも恵まれてるわけで、甘えてくるように肩や首筋に頭を寄せる涼ちゃんもオレより全然体格がいい。
 クッソ、オレだって鍛えてるのに!
 体格がいいってことは当然オレのほうが不利な訳で、両手を掴まれてそのまま後ろに押し倒されてしまう。
 おい、このテーブルがローテーブルで良かったよな!
 後、ビール、こぼれてっから! 真ちゃんに見つかったら怒られんぞ!

「ちょ、お、おい、涼ちゃん、ちょっと、待てって」

 オレは慌てて涼ちゃんを上から退かそうと腕を突っ張ったけど、その両手を取られて頭の上で一つにまとめられ、体重を掛けられてしまうと身動きが取れなくなる。
 てか、これ、何のプレイ?

「ねえ、高尾クン、オレと落ちてみない?」
「お、落ちるって何処に?」
「快楽の海に」

 蕩けるような熱い視線でオレを見つめてくる涼ちゃんは多分酔っ払って自暴自棄になっているんだろう。
 いやでも何でオレ?
 そんなの決まってる、ここにオレが居たからだ。オレじゃなくてもいいっての、知ってる。
 いつもはムカつくくらいキラキラシャラシャラしてるのに、こういうときだけやけにセクシーなのが、この男の恐ろしいところだ。
 吐息の触れる距離まで近づいた涼ちゃんの通った鼻筋、切れ長の蜂蜜色の瞳、吊り上げられた薄い唇、どのパーツをとってもアップに耐える美形だから余計に始末が悪い。

「落ちない! 落ちない! 落ちるんなら黒子と落ちろよおおおお!」
「それが無理だからここで腐ってるンス」
「威張るなああああ!」

 オレ、絶体絶命の貞操の危機!!
 暴れようにも完全に腰の辺りに乗っかられて、両腕拘束されたら身体を捻ることも出来ない。
 足をばたつかせようとしたらテーブルにぶつけて痛い思いをした。

「涼ちゃん、ホント洒落になんねーから、ね」

 お願いだからオレの上から退いてください。
 半分涙目になりつつ、懇願するも、目の据わってしまった涼ちゃんは不満そうに頬を膨らませた状態で、オレの上から退こうとしない。
 携帯は部屋の窓際に放られてしまったし、ここで真ちゃんが帰ってくれば助けを求められるけど、真ちゃんは未だに帰ってきそうな気配はない。
 ヤベェ。オレ、もしかして今日処女を捨てることになるのか。
 内心、汗だくになりつつも、何とか回避法を考える。
 涼ちゃん、酔っ払いなんだからもっと酔わせてしまえばいいんだろうけど、この体勢から涼ちゃんに酒を飲ませるのは無理なわけで。
 だったら、どうする。気持ちよくなれば、涼ちゃんも寝ちまうか? 意識吹っ飛ばせるくらいの快感を、与えてやれば……って、誰が与えるんだよおおおお!
 オレか、オレなのか?
 そりゃあ、来るべき真ちゃんとの目くるめく愛の生活を想定して、何一つ不足がないようにって、色々調べたり考えたりしてるからオレだってどうすればいいのかくらい知ってるし、ネットって便利だよな、同じ男同士だから何処をどうすれば気持ちよくなるのかなんてのも分かってるけど! 分かるけど! でも今目の前に居るのは真ちゃんじゃない。涼ちゃんだ。
 あー、でも襲われるよりは襲った方がまだマシ? てか、オレの処女守れる?
 男同士、裸になっても恥ずかしくないんだから、オナニーし合うのだっておかしかないよな。高校生時代、やったよな? AVとか一緒に見てりゃついうっかりお互いナニ出して扱いたりするよな? ……真ちゃんとはやってねぇけど。てか、始終真ちゃんと一緒にいたオレがそんな体験してると思うか? してねーよ、ばーかばーか! クソおおおおおお!
 この間、コンマ5秒くらい。オレの中でぐるぐるぐるぐると葛藤がせめぎあっていた。
 つか、涼ちゃんの色気マジヤベェ。何なんだよ、この人。モデルってのは伊達じゃねぇ。
 高尾家の信条、ヤられる前にヤれ!

「りょ、涼ちゃん、分かった。分かったよ。ちょっと手痛いから緩めて」
「ああ、ごめんねって手を緩めると思ったッスか?」
「思ってねーよ、畜生! てか、涼ちゃんがオレで勃つとか思わなかったぜ」

 涼ちゃんの股間はオレの腹の上。硬いモン当たってんだよおおお。あああ、もうマジ勘弁して。
 涼ちゃんは自分の股間に視線をやって、しばらく考えてから可愛らしく小首を傾げた。

「どっちかって言うと多分、シチュエーション萌えってヤツッスかね?」
「冷静に言わないで! 分かった、協力するからさ、とりあえずオレの上から退いてよ」

 可愛らしい仕草してても、オマエ、マジ洒落になってねえからな!
 とりあえず降参の意思を表して、逃れようと思って足掻いてた身体から力を抜く。何だかんだで、無理矢理先に進めようとしないでオレの意思を待ってた感じな涼ちゃんはやっぱりヘタレなんじゃねーのかなって思う。まあ、同意なしでやったらそれって男同士でもレイプってことになるけどな。
 抵抗の意思がないと判断したのか、涼ちゃんはしばらくしてオレの腕の拘束を解いた。
 起き上がろうと思ったけど、涼ちゃんが相変わらず上に乗ってるわけで、それは適わない。

「あの、出来ればオレの上からも退いて欲しいんだけど?」
「そうしたら高尾クン逃げるんじゃないかなって」
「…………」

 酔っ払ってるのに随分と変なところで冷静じゃないか、この男。
 確かにマウントポジション取られた時点で身動き取れないのが確定してるけど、これを解除されたらオレだって逃げ出したい。
 てことは涼ちゃんの判断はとても正しい訳で。

「ほら、協力するフリして逃げる気だったでしょ? いいよ、高尾クンはこのままジッとしてればオレがリードしてあげるし」

 顔を近づけてきて唇の端にチュなんて音を立てて涼ちゃんがキスしてくる。涼ちゃんの柔らかな唇がオレに軽く触れてそして離れて行く。
 あ、いや、だからね、違うんだって!
 
「自暴自棄になって後悔するの、涼ちゃんじゃないの?」
「後悔するかどうかはやって見ないと分かんないッス」
「酔っ払い!」
「酔ってないとは言わないけど、溜まってるよね。ほら、少し硬い。興奮してるね、高尾クン?」

 オレの腹に乗っかったまま、後ろ手に股間に手を伸ばしてきやがった。
 そうすれば少し反応してるオレのカズナリクンが涼ちゃんの手に容赦なく捕まってしまって、少し勃起していたのがバレる。
 涼ちゃんはそれに気付いて、妖艶って言葉がとても似合うような笑みを浮かべた。

「ね、寂しいモノ同士、慰めあおうよ。苦しいばかりで吐き出すところなんて何処にもないんだからさ」

 はぁぁぁぁぁぁ、どうやっても逃げられないらしい。
 オレは一度天を拝んで、真ちゃんにごめんなさいと心の中で土下座してから、涼ちゃんのベルトのバックルに手を伸ばした。



☆★☆


 で、話は冒頭に戻る。

 一度心に決めてしまえば、後はなし崩しってヤツで、オレと涼ちゃんは互いの熱を吐き出しあった。
 どっちに入れるか揉めに揉めて、結局そのまま賢者タイムが訪れて、疲れてたし眠くなったから不覚にも全裸で寝てしまった訳だ。
 一夜の過ちであれば、どうとでもなる。
 けど、それを目撃されてしまえば、どうにもならない時もある。

 蹴り起こされて気が付けば目の前に真ちゃんが包丁を持って立っていた。
 鬼のような形相で、こちらを睨みつけてくる。おっかない。助けて。
 
 さて、悪いのはどう考えても涼ちゃんだと思うんだけど。
 結局ノってしまったオレもオレで悪いわけで。

 我に返って土下座でひたすら謝り倒して、果たして真ちゃんが許してくれるのだろうか。
 否、そもそも付き合ってないんだから、オレが誰とナニをしようと関係ない気もするんだけど。

 所謂、修羅場というものは、ここからが本番だった。



END






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