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「連絡先、教えて」

スタジオの扉を開いたわたしに、瀬名先輩が開口一番に口にしたのがその一言だった。
わたしに向けられた言葉で間違い無いだろうか。

「またあんなことがあったらいろいろと不都合だし?すぐに連絡が取れた方がいいでしょぉ」

わたしが黙ったまま硬直してるのを見て、瀬名先輩がやれやれといった感じで腰に手を当てて説明してくれた。あんなことというのは、瀬名先輩のクラスへ突撃したことだろう。なるほど。確かにどこにいても連絡が取れたほうがわたしとしても助かる。またあのクラスに行くのは遠慮したい。

「はい」

大人しく頷くと、床に転がっていた凛月が飛び起きた。いつも下の方から突然現れるからびっくりする。

「え、俺も知りたい」

凛月、ぴょんって寝癖ついてる。
眠気はどこへいったのか、凛月は珍しく真剣な顔をしていた。

「よく考えたら俺まだ名前の連絡先知らないし。セッちゃんだけずるい」

瀬名先輩とわたしの間に割って入って、わたしのスカートの裾をつまんでくる。
確かに凛月とは授業やレッスン以外でもよく顔を合わせるようになったけど、お互いの連絡先は知らない。今まで知らない状態でなんとかやってこれたんだし、隣の席だからいつでも連絡は取れるけど。

「先に俺に教えて〜」
「ちょっと、くまくん!」

返事ができずにいると、凛月が自分のスマホを取り出してわたしに詰め寄ってきた。横で瀬名先輩がツノを生やしているけどお構いなし。たまにこういう強引なところがある。

「……どうやってやるの」

わたしは恥ずかしさで声を小さくした。
だって、そもそもわたしのスマホには家族の連絡先しか登録されていない。それもすべてスマホを契約したときにお兄ちゃんが登録してくれたもので、自分でしたことはなかった。

「じゃあ俺に任せて。兄者と違って俺はこういうのわりとできるし」

凛月がそう言って手を差し出してきたので、わたしはスマホを彼の手に預けた。
こういうときお兄さんの話を持ち出してくるところを見ると、凛月はやっぱりちょっとわたしに似ている。お兄ちゃんのことが好きなのに、素直に好きになれないところとか。ほんとに嫌いだったら、話題にもしたくない。そんなこと凛月に言ったらすぐに不機嫌になりそうだし、言う勇気もないけれど。

「くまくん、ついでに俺たちのも登録しといてくれる?まとめてしたほうが楽でしょ」
「りょうか〜い」

凛月の強引な行動に諦めをつけたのか、瀬名先輩が大きなため息を吐いた。『俺たちの』ということは……

「おれもおれも!」
「あんたのも頼んであるから落ち着きな。そもそも王さまはスマホすぐ失くすしあんまり意味ないんじゃないの?」
「名前からの連絡は何があっても逃さない!いつでも呼んで☆」

やっぱり月永先輩たちの連絡先も登録してくれるようだ。自分からは言い出せない性格なので、まとめてしてもらえるのはありがたい。
何より神出鬼没な月永先輩の連絡先がわかるのは大きかった。連絡が繋がるかどうかは別として。上級生の知り合いは一人でも多いほうが、何かあったときに助かる。

「はい、完了〜」

しばらくして、ぽすっと、わたしの手のひらにスマホが返ってくる。ちょっと温かかった。

すぐに連絡先を確認すると、当たり前だけどみんなの名前が並んでいた。なんだかドキドキする。家族以外の人とこうやって繋がったのは初めて。

「何かあったら俺に電話してね」

なぜか凛月に念を押された。
何か、ってどんなことがあったら電話したらいいんだろう。

「ありがとう、凛月」
「どういたしまして〜」

慌ててお礼を言うと、いつもの気の抜けた返事があった。のそのそと寝床に戻っていく凛月の後ろ姿を見送りながら、わたしはスマホを胸に抱きしめる。また新しい宝物ができた気分だった。