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先生、あの、今なんて。


事の始まりはお昼休みに職員室を訪れたことだった。日課になり始めている退学レポートのチェックをしてもらうため、椚先生を探して職員室に来たのだ。
そこでわたしがいつもどおり紙の束を渡して教室に戻ろうとすると、

「名字さん、一つ頼まれてもらえますか」

去ろうとしたわたしを引き止めた椚先生の言葉。

「3年A組の瀬名くんにこの書類を渡してください。確かあなたとは面識がありましたね」

瀬名。
瀬名って、わたしの知る限りではあの鬼のような先輩のことで間違いないだろうか。
面識というか、不運にも出逢ってしまったというか、一番関わりたくない人というか。

瀬名先輩の名前を聞くと無意識のうちに鬼の面が頭に浮かぶようになったし、なんなら仁王立ちして怒っている先輩のシルエットが夢にでてくるくらいトラウマになっている。

詳しく椚先生の話を聞くと、その書類は午後までに瀬名先輩に渡す必要があるもの。しかし、椚先生は今からどうしても手が離せない用事がある。そこに、立ち寄ったわたし。瀬名先輩とはKnightsのレッスンで何度も顔を合わせている。だからわたしでも大丈夫だと。

そもそもプロデューサーとしてここにいるのだから、仕事で必要な書類をアイドルに届けることはわたしの仕事でもあるらしい。でもわたしはプロデューサーになるなんて一言も……

「迅速に。よろしくお願いします」

という言葉を重石のようにして、椚先生はスタスタとその場を去っていった。
残されたのは書類を両手に持ったまま固まるわたし。

あの、そんなミッション、なんで急に任せるんですか。




簡単に考えてみれば先輩に書類を渡すだけだ。とても簡単。小学生だってできるおつかいだ。

でもそう簡単に考えられないのがわたしで、人より脆いこの心臓には、今回の案件は負担が大きすぎる。今すぐ息が止まってもおかしくない。

困ったわたしが真っ先に考えたのは凛月の力を借りることだった。凛月なら瀬名先輩にコンタクトをとることなんて簡単どころか日常的なことだし、わたしが渡すよりもスムーズにことが進むだろう。

でも最近のあれこれを考えていると、どう考えてもわたしは凛月に頼りすぎだった。今だってお昼休みだし、きっとどこかの木陰で丸くなって眠っているころ。昨日いっしょに帰ったとはいえ、急に馴れ馴れしくされたら凛月だって困る。

だとすると、鳴上くん?
鳴上くんに声をかけるのは、瀬名先輩に比べたら難易度がだいぶ低い。きっとお願いしたら快く受け入れてくれるはず。

とりあえず一度教室に戻ろう。