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「助けて」

震えた声は空気に溶けてきえる。
指先でそっと凛月に触れると、彼の体温は少し高かった。

「どうしたの」

凛月が戸惑いがちに問いかける。それと同時に部屋の外でだれかの足音が聞こえて、わたしは耳を塞いで目を閉じた。スタジオの空気が一瞬で変わったのを、聴覚ではないなにかで感じる。急に背中に手を回されたので驚いて目を開くと、寝ていたはずの凛月が起き上がっていた。

「なに今の足音」

瀬名先輩がドアの向こうを見つめた。全員が身構えている。わたしの様子から異常事態であることをみんなが察したようだ。
そのあと外の足音は少しずつスタジオから遠ざかっていった。

「……名前、教えて。なにがあったの」

背中に回された手はそのまま、凛月がまっすぐわたしを見つめた。
もう逃げられないぐらい近くにいる。

「追われてて」

凛月の迫力に押されて思わず口にした。

「アタシ、外の様子を見て来るわね」
「気を付けろよ、ナル」

鳴上くんがスタジオの入り口に向かうのを、月永先輩が見送った。もしまだ『彼』が外にいるのなら、無用な接触は避けたほうがよさそうだけど。鳴上くんなら大丈夫だろう。

「だれに追われてるの」

わたしは未だに凛月の腕に捕らえられたままで、簡単には逃げられそうになかった。質問責めにされると言葉に詰まってしまうからあまり見つめないでほしいのだけど。ここまできたらいつもの逃げは発動できないだろうし、そもそもわたしは逃げてここまできたんだ。

いま逃げるべきは凛月からじゃない。

「同じクラスの人」
「だれそれ」

だれ、と言われても。
顔は覚えているけど、名前はまだわからない。同じクラスなら名前ぐらい知る機会があってもいいのに。相手はわたしと同様、存在感が薄いのかクラスでもあまり目立たなかった。

「わからない」

悩んだ末にそう答えると、凛月と、その背後に立っている瀬名先輩が同時に顔をしかめた。
ふ、二人してそんな表情をしなくてもいいのに……使えない人間でごめんなさい。