校内には部活やユニット活動をしている生徒の姿があった。その中を小走りで通り抜けるわたしは、側から見たら相当浮いている。人がいるのは安全だけど、面識のない人ばかりだ。ここでなにかが起こっても、だれも助けてはくれない。面倒ごとに巻き込まれたい人なんていないだろうから。
だれか、どこか。
いろいろと考えながら足を動かす。
「名字さん……!」
遠くから聞こえた声に、わたしは飛び上がった。
なぜそこまで執拗にわたしを追いかける必要がある?
いったいわたしに何の用があるっていうんだろう。
やっぱりお兄ちゃんが目当てなの。
「……あ」
気がついたらよく見慣れた場所に来ていた。
でたらめに歩いていたようで、もしかしたら無意識のうちにここに向かっていたのかもしれない。
目の前の扉を開ける。
とにかく今は迷っている暇なんてないから。
「……ちびゴリラ?」
真っ先に瀬名先輩と目があった。
部屋の中にあるすべての視線が一斉にわたしへ集まる。
わたしは先輩の呼びかけには答えずに、扉を思い切り閉めた。
「あら、どうしたの?すごい汗よォ」
視界の隅で鳴上くんが驚いている。本当だ、すごい汗。言われるまで気づかなかった。夢中で走ってたから。
とりあえず乱れた呼吸を整える。いて、よかった。扉が開いたことも、その先にこの人たちがいたことも。
それに。
「名前だ!」
月永先輩に名前を呼ばれたのに、わたしの足は違う場所に動いていた。
床に寝転んでいる彼の元に。
「……凛月」
横になったまま目を閉じている彼のところへ行く。わざと寝たふりをされていることには気づいていた。でもわたしは。どうしても、伝えたい。ずっと、言えなかった。だれかにこんなことを言うのは、迷惑だって。してはいけないことだって。小学生のころからずっと。家族にさえ言わなかった。心の中に閉じ込めてきたんだ。
一人で抱えて生きていけばいいと思っていた。
でも、わたしたちはみんな一人ぼっちなのに、一人では決して生きていけない。
「名前?」
わたしの声に凛月が顔を上げた。
深呼吸をして、凛月の横に腰を下ろす。
涙は我慢した。もう泣かないから。だから、お願い、
「助けて」
そのたった一言を、ずっと口にできなかったの。
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