だれか一人を大切にすることがとても難しいことだと、わたしはまだ知らない。
瀬名先輩と話をした翌日。あのとき借りたハンカチは、結局わたしがそのまま持って帰ってしまった。洗濯をして返さないと。
今日もレッスンがあるのかどうかが知りたくて、隣の席で寝ている凛月に声をかける。
「凛月」
でも今日はなぜか凛月の機嫌が悪かった。名前を呼んでも返事がないし、朝会ったときも挨拶がなかった気がする。いつも気だるげに返事をしてくれるのに。
「り」
少ししつこいかな、と思ったものの、もう一度凛月の名前を呼ぼうと口を開くと、凛月が顔を上げる。
「なに?うるさいんだけど……安眠妨害」
冷たい言葉が返ってきてびくっとする。
「ごめん」
思わず謝ると、凛月はわざとらしくため息を吐いて、机に顔を伏せた。わたしは何もできずにしばらく動けなかった。
「ごめんなさい」
できることといったら、繰り返し謝ることくらいだ。
*
凛月の機嫌が悪いことはそんなに珍しいことじゃない。思い返せば今までにも何度か急に不機嫌になったときがある。そのたびにわたしは何もできずに放置していた気がするけど。
「ま〜くん、一緒に帰ろ〜……♪」
放課後になると、凛月はいつもどおり衣更くんと帰宅していった。
衣更くんには普通だ。わたしには冷たかったけど。
どういうことだろう……。もしかしてわたしが何かしたのだろうか。特に原因らしい原因が思い浮かばない。
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