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「夢?あんたダンサーになりたかったの?」


先輩の聞き方は、ただ純粋に気になる、という感じだった。
ダンサーという単語がわたしに似合わなくてむず痒かったものの、今からわたしが口にする単語だってわたしには似合わないことを思い出す。


「アイドルです」


小学生の時に、教室でみんなに打ち明けたセリフと似ていた。

――アイドルだよ。

あの頃は夢を語るには早すぎたの。


「アイドルになりたくて。でも、そのことを伝えたら、笑われて……似合わないっていわれて……自分でもそうだなって思って諦めました」


このことを話すのは先輩が初めてだった。学校に通えなくなった原因を、家族にだってちゃんと話したことはない。何も言わずに引きこもってきた。きっと周りをたくさん不安にさせただろう。

昔の辛さなんてもう思い出せないと思っていたけど、言葉にしている間に、涙腺が緩んでくる。


「その程度で諦めたならそこまでだったってことでしょ」


瀬名先輩は迷いなどなかった。
いつもの真っ直ぐな言葉だった。
きっとこの人は一本のレールの上から逸れるようなことはしない。
甘い考えなんて絶対持たない。自分の信じているものを貫き通す。

完璧でいるための、そのための強さと譲れない信念を持っている人だ。


「そう、ですね」


そう考えたら、わたしなんて本当に脆くて弱くて情けなくて甘ったれた人間だと思った。

涙がでてきたのは、先輩の言葉に対して怯んだからというのもあるけれど、自分の人生に対しての後悔とか恥ずかしさからきたものでもあった。


「ちょっと、泣かないでくれる!?」


視界の隅で先輩が慌てている。
わたしは目元を拭って首を振った。


「泣いて、ないです」


だれがどう見ても泣いている。


「もう終わったことなので。今は夢なんてありません」


自分自身に言い聞かせるように言い切った。もう傷つきたくないと思ってしまうのは、甘えだとわかっている。


「そっか」


瀬名先輩の声が、さっきより近くで聞こえた。わたしが顔を上げる前に、先輩の声が耳に届く。


「似合わない、っていってごめん」


一瞬、なぜ謝られたのかわからなかった。
先輩は当然のことを言っただけなのに。


「……またあんたの夢を奪うところだったから」


顔を上げると一歩分の距離を置いて、瀬名先輩が立っていた。
その表情には珍しく力がない。
わたしが先輩を弱くしてしまったら意味がないけれど、先輩はこんなことをいつまでも気に留める人ではないだろう。


「夢じゃないので、大丈夫です」


今度は自分にではなくて、先輩に対して言った。でも本当は、もっと違う言葉があったはずだ。これでは余計に不安にさせてしまうし、頑固なやつだ、と思われてもおかしくない。

先輩が無言で差し出してくれたハンカチを受け取って、静かに涙を拭いた。
こわい人じゃないことぐらい、もうわかっている。