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「31日までに返却してくださいね〜」
「はい」


眼鏡をかけた図書委員の人から本を受け取る。


本を読むのは好き。引きこもり生活のほとんどは読書をして過ごしていたから。よく読むのはお伽話。この学校の図書室には児童書や絵本も揃っていて、わたしの読書傾向に合っていた。

図書委員の先輩も優しそうな人で、貸出と返却のときぐらいしか話をしないけど、彼がいい人であることは伝わってきた。
凛月が居心地がいいって言ってた理由がちょっとわかった気がする。


*


本を借りてからスタジオに行くと、部屋の中にはまだ瀬名先輩しかいなかった。

正直なところ、うわ……という心の声が漏れなかったことを褒めて欲しい。


「今日は早いんだねぇ。プロデューサーなら俺より早く来るべきだけどぉ」


先輩は相変わらずこの調子で、わたしは何も言い返せずにぺこっとお辞儀をするので精一杯だった。今日のわたしは空気です。

わたしの記憶が正しければ、今日はレッスンの日だったはず。もう少し待てばだれか来るだろう。あと少しの辛抱だと思って、瀬名先輩と二人きりの時間を過ごすことにした。

のに。


「あんたさ」


瀬名先輩が口を開いたことによって、わたしの空気作戦は失敗に終わった。
ゆっくり視線だけを瀬名先輩に向ける。


「なんでここに来たの。どう見てもプロデューサーなんて似合わないでしょ」


似合わない、のは確かだ。だれがどう見たってプロデューサーには見えない。

でも、瀬名先輩の言葉は真っ直ぐ心に刺さった。わたしに似合うものなんて、きっとこの先も見つかることなんてないのに。


「家族に勧められたので」
「そう」


わたしと先輩の間には大きな川が流れている。それだけの距離感があった。物理的な距離もあるけど。

お互いにそれ以上は近づこうとしない。


「お兄さんの真似してたの?」
「……なんの話ですか」


お兄ちゃんのことが話題にでたとき、内心どきっとした。
真似……?


「ダンス。あんた踊れるでしょ」


踊れない。
と即答するべきだった。
いつもならそうしていた。

ダンスに関しては、お父さんとお兄ちゃんの真似をして踊っていただけ。
ただそれだけだ。

あの頃のわたしにとっては、


「夢だったので」


言葉にしたとき、もうこのまま終わってしまうかもしれないと思った。こんな言葉、わたしは知らなかった。わたしの中には既に残っていないものだと思っていた。