「……!」
背後から聞こえた声に、驚いて飛び上がる。振り向くと、部屋の入り口に斎宮先輩が立っていた。すぐに立ち上がって先輩に向かって頭を下げる。
「ごめんなさい」
いつからいたのか。先輩に聞かれてしまったのではないか。という不安で声が震えたものの、先輩は怒ることも何か言葉を発することもしなかった。そのまま何もなかったかのように、無言で部屋の奥に足を進める。
「マドモアゼルが気に入ったのか」
変な沈黙が流れたあと静かに問いかけられて、自然とお人形に視線を移す。
あなたマドモアゼルっていうの?
ちゃんと名前があったんだ。
「友達に、なれないかと思って」
この子は静かでなぜかとても神秘的な空気を持っているし、もしかしたら友達になれるかもしれないと思った。お互いに近づきすぎないくらいの距離感がわたしにはちょうどいい。
斎宮先輩はわたしの発言には無反応だった。
周りの人の反応を見ると、わたしはいつも的外れな返答をしているんじゃないかと心配になる。でも、素直に思ったことを口にすることがわたしの精一杯だから仕方ない。
「あの」
だから、このままの勢いで伝えるしかないと思った。
いつかは伝えたいと思っていたんだ。わたしには何のとりえもないし、才能とか好きなこととか熱中できるようなものも何一つない。
でも、この学校にいる人はみんな自分にしかない
「裁縫を、教えてください。わたし、なにもできないから……なにかできるようになりたくて」
以前、ボタン付けを教えて欲しいと頼んだとき、斎宮先輩はこんなわたしのお願いにも真剣に向き合ってくれた。この人の腕は本物だし、学ぶとしたらここしかない。
「だめですか」
斎宮先輩の無言の圧力が怖くなって少し怯みながら問いかけると、先輩は鋭い瞳と張り詰めるような沈黙でわたしをじっと見つめた。
やっぱり駄目かも。わたしみたいな存在が声をかけていい人じゃなかったんだ。
『宗くん、名前ちゃんがこんなに真剣に頼んでるんだからちゃんとお返事ぐらいしてあげたらどう?』
わたしが一人で後悔していると、急に斎宮先輩のものではない声がした。
マドモアゼル?
以前もこの声を聞いたことがある。
「……困った小娘だね。ならばもう一度、針に糸を通すところからやり直したまえ」
それがわたしに向かって投げかけられたものだと理解するまでに少し時間がかかった。
小さく溜息を吐かれた気がするけど、もしかして承諾してもらえた、のだろうか。
「いいんですか」
「マドモアゼルの友人ならば断る理由もないのだよ」
気のせいかもしれないけど、先輩が少し、本当に少しだけ微笑んでくれたような気がした。窓から差し込む逆光のせいでそう見えただけかもしれない。
でも。
わたしに友達が一人増えたのは確かだ。
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