「踊って見せて!この曲の続きがどうしても納得いかないんだ!でも名前のステップを見たら霊感が湧いてきそうな気がする!」
月永先輩は両手を広げて、わたしが踊り出すのを今か今かと待っている。
冗談じゃない。こんなところで踊るなんて。わたしには無理だ。
――名前ちゃん、ダンススクールに通うんだって。
――え〜、なんのために?
――お兄さんの真似っこしてるんでしょ。似合わないのに。
――聞こえちゃうよ。
その通りだ。わたしには似合わない。全部知ってたし、全部聞こえてた。だれかのために踊りたいなんて、あのときから考えたこともない。
「ほら、おれも一緒に踊ってやるから!手を貸して〜?」
「あ、あの」
考えている間に月永先輩が目の前にいて、強引に両手を奪われる。ぐっと近づいた距離と、腰に回された手に、確かに呼吸が止まった。
「離して……」
微かな力で抵抗して先輩を押し返すと、足がもつれてバランスを崩しかける。倒れる、と思った。
「おっと……大丈夫か?」
宙に伸ばした手を先輩が掴む。引き寄せられて、気がついたら先輩の腕の中にいた。
倒れずに済んだのはいいものの、さっきより距離が縮んだというか、抱きしめられているというか。これはいったい。
月永先輩のまつ毛の先までよく見える。
「……あの、近いです」
「…………」
言葉に迷って、そのままを言葉にしてしまった。
先輩はわたしを見つめたまま動かなくなる。
「…………ほんとだ!ごめんな!」
しばらくして、ばっと効果音がつきそうなくらい勢いよく引き離されて、止まっていた呼吸が再開する。吸って、吐いて、を繰り返していると、月永先輩にじっと見られていることに気づいた。
「……?」
なんですか、という意味を込めて視線を返したのに、なぜか逸らされる。またわたしはなにか失礼なことをしてしまったのだろうか。
月永先輩はそのまま「霊感が!妄想が!」と忙しそうに自分の世界に帰っていった。
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