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隣で名前が目をぱちぱちさせている。もうこんな時間だしねぇ。普段ならもう寝てる時間でしょ。


「眠い?」
「すこしだけ……目が腫れてて開いてるの、つらい」


そう言って目元をこする。

出会ったときからよく泣く子だった。そもそも俺が名前と関わることになったきっかけも、名前が泣いて飛び出して行ったのを追いかけたのがはじまりだったし。

強いのに弱くて、繊細なのに大胆なところがあって。未だに名前のことがよくわからない。

他の人はなんとも思わなくても、俺は名前の行動一つ一つに影響されちゃうんだよ。目の前で泣かれたら、俺には気を許してくれるんだって、変に勘違いしちゃうじゃん。


「見せて」


俺の言葉に、名前がおとなしくこっちを見た。

暗闇でよかった。思った以上に距離が近くて、伸ばした手が震える。明るかったら名前の顔がはっきり見えすぎて心臓が落ち着かなかった。

やっぱり、夜に見る名前はいつもよりずっと小さく見える。いくら暗闇でもこの距離感は心臓に悪い。


「腫れてる?」


心配そうに聞かれて現実に引き戻される。


「うん。ちょっとね」


安心させるつもりで頭を撫でてあげたら、名前はゆっくり目を閉じた。あ、かわいい。じゃなくて……このタイミングでそんなことする?誘われているようにしか見えないんだけど。


「……眠い」


小さく欠伸をした名前の、一つ一つの動作にドキドキしてしまう。よく考えたら二人きりだし。


「ちょっとだけ寝たら?」
「うん」


こくんと頷いた名前は、そのまま壁にもたれて目を瞑った。そんな体勢で寝るつもり?
あんた意外と強いよね。


「待って。俺の布団でよければ貸してあげる」


図書室にある俺専用の布団を引っ張ってくる。さっきまで俺が寝てたやつだけど。名前も一応女の子だし、そういうの気にするのかな。


「でも凛月は……」
「俺はこれから活動時間だから」
「一人で起きてるの」


素朴な疑問だったんだと思う。そんなこと聞かれたことないから動揺した。一人でいることが当たり前だったから。

名前も一緒に俺と同じ時間を過ごしてって言ったら、頷いてくれるの?
無理でしょ。俺たちは一緒に生きることはできない。


「眠いんじゃないの?家に帰る?」
「ううん、寝る」


ちょっときつめに聞くと、名前はもそもそと布団に入って、静かに目を瞑った。

俺はその隣に腰掛けて一息つく。
こんなに人の心を弄んでおいて、学校を辞めようとするなんて信じられない。


「名前〜?」


気がついたら小さな寝息が聞こえて来た。寝るのはや。疲れてたんだねぇ。

風邪を引かないように布団をかけ直そうとすると、急に手を引かれた。思わずされるがままになる。


「ちょっと」


ぎゅっと名前に指を掴まれて、そのまま静かになった。赤ちゃんみたい。

月明かりで浮かび上がる、名前の寝顔を見つめる。今なら、もっと近づける。手を繋ぐとか、頭を撫でてあげるとか、そんなことだけじゃなくて。

静かに寝ている名前に、顔を寄せる。引き寄せられるように。

どこにも行かないで。
俺が一人にしないから。
ちゃんとそばにいてあげるから。


――『いいんじゃない〜?あんたがいてもいなくても、隣が静かで眠りやすいのにかわりはないしねぇ……♪』


あのときはこんなことになるなんて、思ってなかった。


「……お兄ちゃん」
「…………」


唇が触れる前に、名前が呟いた。
その寝言に動きを止める。

……なんだ。ほんとは帰りたいんじゃん。
あ〜、もう。気持ちがまた奥に隠れていく。

体を起こしてため息をつく。ほんとにどこまでも邪魔してくれるよねぇ。あんたのお兄ちゃんはいったいなんなの。兄者より面倒でしょ。

でも今夜は帰してあげない。お兄さんももっと困ればいいんだ。いつまでもあんたの好きなようにはさせないから。今夜は俺が独り占めさせてもらうね。