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午前8時を少し過ぎた頃。やはり隣の部屋は物音ひとつせず静かで、そこの住人はいまだ夢の中であることがうかがえていた。もうすぐ遅めの朝食が兄さんによって作り終えられるだろうし、そろそろ起こしにいくかと椅子から腰を浮かせる。
返事がないことは予想通りだったけれど、一応ノックしてから彼女の部屋へ足を踏み入れた。じっと毛布にくるまって寝ている姿を確認して、ベッドに近づく。猫のように丸められた体はいつもより余計に小さく見えた。
とりあえず手始めに何度か声をかけてはみたけれど、案の定毬花がその程度であっさりと目を覚ますはずもなく、頭まで毛布を被って隠れられてしまう。仕方なく肩を揺すって呼びかけるが、ふかふかとした毛布越しに僅かに掠れた呻き声が聞こえてくるだけで起き出す気配はない。


「毬花、起きて」

『……んー』


返事ばかりでなかなかベッドから出ようとしない毬花は寝起きが悪い。それはやたら不機嫌だとか無理矢理起こすと怖いだとか、そういった類いではなく、ちょっと目を離すとすぐに二度寝してしまうという意味でだ。やっと上半身を起こしてなんとか目を覚ましてくれたかと油断していると、いつの間にかまた布団にこてっと倒れていたりする。そのせいで入学式も欠席してしまったというのだから、これからは毎日起こしにきてあげなくては心配でこっちが学校へ行けない。
そうこうしているうちに毛布から顔をのぞかせたかと思うとちらりとこちらを見て、みのむしのようにまたもぞもぞとくるまってしまった毬花についため息がこぼれる。
まったく……。こうなったら、最後の手段か。
心を鬼にして上からガシッと毛布を掴み、思いっきり引き剥がす。するとか細い悲鳴と共に、わりと簡単にあのコントラストが姿を現した。


「ほら、さっさと起きる。朝ごはんもできてるから」

『……まだ8時じゃん。雪男の鬼。巨大ゴブリン……』

「そもそも毬花が起こしてって言ったんじゃない」

『……言ったっけ?』

「言ったよ」


本当に覚えていないのか記憶が曖昧なのか、ケータイの画面を見つめたまま微妙な表情をしている毬花の手を掴んで早々にベッドから引きずり出す。そしてそのまま部屋を出たのだが、手を引かれて歩くのも目を擦る動作も、いつもの7割増くらい緩慢なものだった。
はたしてこの運動神経で祓魔師になった時に戦えるのだろうかと、ふと考えてしまう。詠唱騎士は体力には頼らないが、彼女の性格上長ったらしい聖書や経典を覚えるのも詠唱中に守られるのも嫌がりそうだ。治療が主な医工騎士も戦いには不向きで守られることが多く、プライドの高い毬花がただ守られているだけの状況を快く思うはずがない。かといって竜騎士になってもこの小さな体ではあまり重い銃火器を扱えるとも思えないし、刀剣を扱う騎士なんて論外だ。手騎士に至っては元々のセンスがなければ悪魔を召喚することすら出来ない。いや、まぁ称号云々の前にどっちにしろ基礎体力は大事なのだが。……なんだか先が思いやられるな。


『悩み事? 難しい顔しちゃって』

「ううん、なんでもないよ」


覗き込んでくる毬花の顔を見て、少し考えすぎかと我に返る。まさか自分のことを心配されているとは思いもよらず「変なの」と不思議そうに言ってから、毬花は何もない廊下で躓いた。
……やっぱり体育・実技で椿先生にしごいてもらうことにしよう。

厨房の方へ行くと、ちょうど準備が終わったらしく兄さんがテーブルに朝食を運んでいるところだった。両手にお皿を持って出てきて、僕らを見るやハッとしたような表情をする。もどかしそうにこちらを指差そうとするが出来るわけもなく、代わりに目玉焼きがお皿からこぼれ落ちそうになっていた。


「なに手ぇ繋いでんだお前ら! やっぱ怪しい!」

「寝起きで危なっかしかったから誘導してただけだよ」


指摘されてお互いにそれとなく離れていく手に僅かな物寂しさをおぼえる。
いや、寂しさなどではない。触れていたぬくもりが消えたから少し違和感があったような気がしただけだ。
そっとかぶりを振ってから椅子に座る。その隣に腰を下ろした毬花は食卓を前にしてこれは全部兄さんが作ったのかと驚いていて、切り替えの早い兄さんは照れたように頷いてみせた。
向かいの席も埋まるとみんなで手を合わせて食事を始める。味も文句なしだったことにまた驚いたらしい毬花は、目を丸くしながらもおいしそうに口へ運んでいた。そんな彼女を前に兄さんも嬉しそうで、団欒とした食事風景はどこでも変わらないなと安心してしまう。
同じことでも考えていたのか、しばらくして毬花はふと手を止めると、嬉々として呟いた。


『あたし、ここにきてよかったなぁ』

「どうしたの、いきなり」

『だって朝は雪男が起こしてくれるし燐は料理上手だし。それにね、後から聞いたんだけど、前の部屋ってお化けだか幽霊だかが出るとか言ってもう5年くらい使われてなかったんだって』

「あぁ、なるほど」


ついでとして話されたであろう箇所に一番納得してしまう。
どおりで、あの時は焦りから深く考えることはなかったけれど、そもそも鬼の類いは人のいる明るい場所には通常現れないはずなんだ。何年も使われずに放置されていたせいで住み着いた鬼が残っていたのかもしれない。それに部屋を使い物にならなくしてしまってもそれほど怒られなかったのは元々そこが使われていなかったせいだったのか。


『ま、ここも十分気味悪いけどね』

「はは、確かに」

「けっ。お前らの会話にはついていけねぇぜ」


不機嫌そうに目玉焼きに箸を突き刺した兄さんは、そういえば毬花がここにくることになった経緯を知らない。かといってわざわざ教えるほどのことでもないんだろうけど。
というより鬼を倒すのに室内で発砲して部屋を使い物にならなくしただなんて、あまり教えたくない。





旧男子寮の休日。



(今日はこれからどうするの?)
(んー、もう一眠りしようかな。雪男は?)
(午後から少し用事がね)


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