Main | ナノ

蝉時雨

「来ないで、来ないで!」
 彼は追いかけてくる。自分の全ての苦しみを私にぶつけるかのように。
 フッと世界は変わり、川下に沿った道に私はいる。
「……やめて」
 顔からサーっと血の気が引く。私は自分の意思とは裏腹にゆっくりと川に近づいていく。足元の草のひしゃげる音が妙に鮮明だった。
 信じられない光景。信じたくない現実。
「……私の……せいだ」
 目の前の「モノ」から異臭がする。自分の心音が早まるのが聞こえる。
「……私が……私達が、殺した」
 世界は再び消え、「現実」へ引き戻される。薄暗い部屋の中に私はいて、目の周りがジットリ濡れているのが分かった。時計を見るとまだ夜中の二時。ため息をつき、涙と汗を拭った。ゆっくりと深呼吸をする。考えまいとする。忘れようとする。

 その夢を見てからの夜は眠れた試しがない。何度も寝返りを打って別の事を考えようと
するのだが、同じような場面が頭の中でチカチカと点滅するのだ。
 私は、人を殺したのだ。

- 1/10 -

[*prev] | [next#]
page:
Bookmark


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -