蝉時雨 |
「来ないで、来ないで!」 彼は追いかけてくる。自分の全ての苦しみを私にぶつけるかのように。 フッと世界は変わり、川下に沿った道に私はいる。 「……やめて」 顔からサーっと血の気が引く。私は自分の意思とは裏腹にゆっくりと川に近づいていく。足元の草のひしゃげる音が妙に鮮明だった。 信じられない光景。信じたくない現実。 「……私の……せいだ」 目の前の「モノ」から異臭がする。自分の心音が早まるのが聞こえる。 「……私が……私達が、殺した」 世界は再び消え、「現実」へ引き戻される。薄暗い部屋の中に私はいて、目の周りがジットリ濡れているのが分かった。時計を見るとまだ夜中の二時。ため息をつき、涙と汗を拭った。ゆっくりと深呼吸をする。考えまいとする。忘れようとする。 その夢を見てからの夜は眠れた試しがない。何度も寝返りを打って別の事を考えようと するのだが、同じような場面が頭の中でチカチカと点滅するのだ。 私は、人を殺したのだ。 page:Bookmark |