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 猫はしばらくすると「にゃあ」と一声鳴いて去って行った。尻尾をゆらゆら揺らしながら去って行く後ろ姿に私は不意に悲しくなる。
 また朝が来た。気だるくて、残酷で、眩しい朝だ。急いで学校の支度をして出かける。あの駐車場に彼がいないか、と目をやったが、二台ほど車が止まっているだけだった。
 学校は退屈だ。たまたま受かった県内二番目の高校。勉強も部活も中途半端で「自由な」学校だ。私はそのくだらない高校二年一六歳独身帰宅部。
 友達は多分多い方だと思う。にこにこ愛想良くして、ほどほどに気を遣えば案外すぐ友達になれた。よく話すし、一緒にいてそれなりに楽しい。でも何かがズレていた。話していても遊んでいてもずっと小さな違和感があったけど、気づかないフリをした。怖かった。気づいて友達を失ってしまうのが。
 違和感はやがて気まずさに変わった。
「何か、ウザい」
 そう言われたのは一週間前。登校中の電車の中で心底嫌そうな顔をしてそう言う友達を見かけた。周りの人も同意する。背筋が冷やりとする。あれ、「ウザい」ってどういう意味だっけ。あれ、あの人私の「友達」だよね。停止しかけの思考はくだらないことしか考えていなかった。
 言われた言葉が頭を巡って消えなかった。彼女はその後も変わらず接してきたし、私も変わらず接した。彼女を初めて怖いと思った。友達みんなが怖かった。何が悪かったんだろう。分からなくて混乱しては泣いた。
 授業を終え、足早に帰る。私はいつの間にか一人きりで帰るようになっていた。
「おい」
 すれ違った担任の先生に呼び止められる。どちらかというと熱血寄りで、サッカー部顧問。優しくて明るくて誰にでも好かれる先生。もちろん私も好きだった。担任と知ったときには思わずガッツポーズをしてしまったほどだ。
「お前さ、最近何かあったか」
 先生は眉をハの字にして心配そうに聞いてきた。こんな表情の先生は犬に似ていると思う。それも柴犬。誰も同意してくれないけど。
「いえ、何もないです。大丈夫です」
 私はにっこり笑って答えた。
「そうか。まあ、気をつけてな」
 先生はそう言って去っていった。先生と話すと元気が出た。私はいつもより軽い足取りで学校を後にする。
 帰りも猫には会えなかった。居酒屋の裏も少し覗いてみたが、ぼろぼろのゴミ箱が置いてあるだけだった。
 もしかしたらもう二度と会えないのかもしれないと思うと寂しかった。彼の尻尾を思い出す。ゆらゆら揺れる尻尾。私は帰りのコンビニで再び猫エサを買った。今度は違う種類。スティック状になったエサだ。またいつか彼に会えたときのために。
 再び猫に会えたのはそれから二週間後だ。今日もいない、と通り過ぎようとしたとき、駐車された車の向こうに動く影があった。
「ここにいたんだ」
 車の陰で彼は寝転んでいた。私に気づいてもぴくりと耳を動かしただけだった。私はエサを取り出すためにリュックを下ろした。一番奥にひしゃげたエサがあった。スティック状のエサを一本取り出して彼に差し出すと、飛びつくように食べ始めた。
「久々だねー。どこ行ってたのさ」
 私が聞いても猫はお代わりをねだるようにパッケージに入ったままの残りのエサを見つめて鳴くだけだった。私は猫にエサをやる。猫はそれを食べる。そこには不思議な安堵感があった。
 全てのエサを食べ終えると、猫は大きな欠伸を一つして再び横になる。白いお腹に触れたくなったけどやめた。気持ち良さそうに寝る猫に私まで眠たくなる。


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