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 私は宿題を中断し、姉に言われた通りに手伝いに行った。両親の居酒屋は家の一階にある。普段は自由にしていい代わり、長期休暇だけはしっかり手伝いをすることになっている。
「今日もお願いね」
 母は笑顔で言って、私にテーブルを拭くのを頼んだ。
 居酒屋はそんなに広くない。大きなテーブルが二つと小さいテーブルが四つ。一つ一つ丁寧に拭いて、ついでに調味料もきちんと並べておく。一つのテーブルの椅子に古めかしいCDが忘れられていた。表には「LET IT BE」というタイトルと四人の外国人男性の写真。皆、思い思いの顔をしている。どこかで見たことのあるような顔だけど、思い出せない。
 母に渡すと、持ち主が取りに来るかもしれないから、と汚れない場所に置いた。姉は厨房で食器の準備、両親は料理の下ごしらえをしている。姉も手伝いのときだけは長い髪をまとめ、しっかりとした身なりをしている。
 姉と父は必要以上話さない。一日一回話したらいいところだ。
「さあ、もうすぐ開店よ!」
 母が元気よく言った。この家族を唯一繋ぎ止めているのが母かもしれない、と私は思う。
 お客さんが入ってき始めると、私と姉は厨房に引っ込み、皿洗いとお造りなどの盛り付けをひたすらしていく。
 私と姉の手は長期休暇になる度に荒れる。同級生が夏休みに思いっきり遊ぶのを羨ましいと思ったことはもちろんある。でも、母の私より数倍荒れた手を思うと、そんなこと忘れてしまう。
「今日もお疲れ様」
 母は手伝った日は少しだけお小遣いをくれる。それは本当に少ないのだけれど、やっぱり「お給料」をもらうのは嬉しい。
「じゃあ私、先に上がるね」
 そう言って私は奥の階段から二階に上がった。窓を見ると、もうすっかり暗くなっていた。
「何でお前は言うこと聞かんのだ!」
 階下から父の怒鳴り声が響く。きっと姉との喧嘩だ。最近冷戦状態だったから、喧嘩は久しぶりだ。
「何だ!この髪は!」
 姉の悲鳴が聞こえる。姉の茶色い髪を父が引っ張っている様子が頭に浮かんで辛くなる。
「やめなさいよ!」
 お母さんの必死に止める声が聞こえる。胸が痛む。今まで聞こえていた、私の心臓の鼓動が、他人のもののように思える。
 私には嫌なことがあると、他人事だと思う癖があった。

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