シズイザ結婚式2回目に合わせて書いた、付き合って二周年シズイザです
 二周年目(現在)は、まあまあ素直になったかわいいカップル
 一応、一年前は一周年ということになるのですが、付き合っているか微妙なツンツン喧嘩ばかりのピリピリな二人です

 
 という前提でご覧ください






 ワンス・モア・ラブ






 静雄が目を覚ますと、隣の臨也はまだ寝息を立てていた。
 おかしいな、そう思って、部屋の明るさに目を細めながら枕元の時計で時刻を確認する。――9時だ。上体を起こせば腹の虫が鳴いて、眉根を寄せながら安らかな寝顔を晒している臨也を見下ろす。
 今日は臨也が朝食を作る当番だったはずだ。いつもなら7時には起きて朝食を作り、寝室まで起こしにくるはずなのに。前日の夜にいくら無茶をしたとしても、感心するほど、それだけは忠実にこなしていた。

 二度寝でもしているのかと思い、とりあえず放っておくことにして、顔でも洗おうと静雄はベッドから降りようとした。

「……ん、」

 刺激してしまっただろうか、臨也が眩しそうな顔をして寝返りを打ち、薄く目を開けた。静雄はそんな臨也の頭をくしゃりと掻き混ぜて尋ねる。

「起きたか。どーした、メシは」

 臨也から返事は無かった。目が悪い人間が遠くの物を見つめるように、静雄の顔を暫く睨みつけていた。

「……シズちゃん?」
「なんだよ」

 訝しんだ様子で名前を呼び、静雄が返事をすれば、眠たげな目は次第に見開かれて、静雄から距離を取るように跳ね起き、ベッドのサイドテーブルをまさぐって叫んだ。

「えっ、なんで無いんだよ!」
「はぁ? 手前まだ寝ぼけてやがんのか?」
「なんでナイフ……ッ、ていうか、今、9時? なのに、なんでまだシズちゃんがいるのかなぁ……!」
「はーあーぁーぁーぁー? イザヤくん頭どうかしちまったのか? 手前がそこにナイフ置いてたのいつの話だよ……。つーかな? 朝飯どうしたんだって聞いてんだけどよ」
「どうもしないよ、何それ、まさか俺にたかってるの?」
「あ゛ー……?」

 昨晩静雄の胸の中で子猫のように丸くなって眠っていた臨也が、敵意剥き出しに静雄を睨みつけ、ベッドを抜け出した。

「なんでそこまで面倒見てやらなくちゃいけないんだよ、今日も仕事があるんだ。早く帰ってもらえないかな? 邪魔なんだよね」
「手前、本当にどうかしちまってんじゃねぇのか……?」
「どうかしてるのはいつも君の方だろ」

 臨也が歩み寄った先の、壁にかけられたコートのポケットから取り出したナイフを握りこんで、静雄に突きつける。静雄は臨也の態度に一瞬動揺したものの、目覚めにギャンギャンと意味もわからないことを吠えられて相当腹が立ったのだろう。パキパキと指を鳴らして、額に青筋を立てた。

「手前な、こっちは寝起きで腹が減ってて穏やかじゃねぇんだよなぁ……。一発殴って目ェ覚まさせてやるよ!」
「人の家に上がっておきながら、なんて言い草だろうね。呆れるよ」
「……ッたく、なんでこんな日に拗ねてんだよ、わけわかんねぇ」
「拗ねてないし、今日は別に何の日でもないだろ」

 思わず静雄が目を見開く。

「……手前、本当に記憶喪失か何かじゃねぇのか」
「はぁ? 話が見えないんだけど」
「今日は付き合って二周年目だから、手前が朝から張り切って料理してやるよって、昨日から上から目線でしつけーくらいに言ってたじゃねぇか」
「……あのね、シズちゃん。俺たちいつ付き合ったの? 妄想と現実一緒にしてない? ねぇ。気持ち悪い内容はさておきさ、君の方が狂っちゃったんじゃないのかい?」

 臨也が蟀谷の横でくるくると人差し指を回し、流石に呆れたように鼻で笑った。
 押し黙った静雄は突きつけられたナイフの切っ先を見つめたが、やがて神妙な顔つきで呟いた。

「なぁ、今日、何年の何月何日だ」
「シズちゃん、ねぇ、本当に大丈夫? 今日は2010年の10月2日。分かる? にせんじゅうねんの、じゅうがつ、ふつかだよ?」

 これは只事ではないと、静雄の顔色が変わっていく。

 今日は2011年、10月2日。
 静雄が間違えるはずもない、二人の二周年記念日。
 
 静雄は迷わず臨也の手首を掴み、一瞬苦悶の表情を見せた臨也にお構いなしに引き剥がしたナイフを床に捨てるとその軽い身体を肩に担いだ。

「へ? は?」
「新羅んとこ行くぞ、頭診てもらう」
「シズちゃん一人で行けよ!」
「手前の頭だよ! 大人しくしろ!」
「馬鹿言うなよ、今日は仕事があるって言っただろ!」
「ねぇよ! 手前は今日のために前後の日予定明けただろーが!」

 近くに置いてあった臨也の手帳を掴み取り突きつけると、臨也は言葉を失った。2012年のシステム手帳。しかも、事細かにここ一年の出来事が記されている。「……なにこれ」と困惑した様子で呟いた臨也に、静雄は一層弱ったような表情で「知るか」としか返すことができなかった。

 
#


 肌に触れる空気の冷たさを感じながら、臨也は広いベッドで一人、目を覚ました。時計は朝の6時を指している。蹴飛ばしたままの布団が床までずり落ちていて、身体を起こすと同時に小さなクシャミをする。鼻をすすって、隣にいたはずの静雄の姿を探した。
トイレにでも行っているのだろうか、そう思って空いている隣のスペースに手を這わせた が、温もりは残っていなかった。

「……シズちゃん?」

 寝室を出て階段を降りて、台所、トイレ、浴室――見つからない姿に、デスクの下まで覗き込んで歩いて回った。今日は記念すべき日なのだから、驚かそうと企んでいるのではないかと訝しみ、サプライズのひとつでも用意できるような男への成長を感じることができるなら、それはそれで嬉しいと少し口元が緩む。
 男の名前を呼びながら臨也はもう一度二階へ戻り、寝室のクローゼットを開けて、遂に見つからなかった姿にようやく不安になった。そして、探していない場所を思い出した。
 携帯を握りしめ、玄関の外へ向かう。外でタバコを吸っているかもしれないと思ったのだ。
 靴箱を前にし、スリッパを揃えて脱いだところで気がついた。

 ――靴がない。

 やはり外にいるようだが、妙な不安が胸に渦巻いていた。ドアを開けて見渡した左右の通路には、人影すら無い。冬の足音を感じさせる澄んだ大気は冷たく、臨也は身震いしながらマンションの下まで静雄を探しに行った。時々通る車の音が響くくらいで、辺りはシンと静まり返っていた。

 上着を着てこなかったことを後悔し始めた臨也はマンションの中へ戻り、『どこにいるの?』とメールを送った。とりあえず、約束した朝食の準備は済ませておかなくてはならない。昨日買っておいたお祝いのケーキは、冷蔵庫に入ったままだ。朝食には臨也がいつもより凝った手料理を振る舞い、午後にはケーキを二人で食べながらお茶を飲み、借りてきたDVDを見て、臨也の家でのんびりと恋人の一日を過ごすのだ。
 早速準備に取り掛かろうと冷蔵庫の蓋を開けたところで、思わず疑問の声が漏れた。

「あれ?」

 昨日入れておいたはずのケーキの箱が見当たらない。下の引き出しを開けても見当たらない。まさか、と思ったが、使った皿やフォークなども見当たらない。跡形も無く消えてしまっている。

「おかしいな……」

 見つからない恋人の姿と、消えてしまったケーキ。
 何かがおかしいと気づいた臨也は、静雄に電話をかけることにした。じっと息を潜めてコールを鳴らし続ける。何が起こっているのかわからないが、嫌な予感だけはしていた。

 携帯を握りしめたまま暫く待っていたところで、プツ、とコールが止んだ。

『…………』

 反応はない。僅かに息遣いや、布が擦れる音が聞こえるようだった。

「シズちゃん? どうしたの?」
『……あー……、んの……ッ』
「え?」
『なんの……つもりだ手前、俺の睡眠妨げやがってよぉ!』

 獣が上げる唸り声のような、腹の底から搾り出した声で威嚇される。
 かなり機嫌が悪そうな静雄の声に、臨也といえども戸惑いを隠さずにはいられなかった。寝ぼけているのかもしれないと思い、落ち着かせようと諭すように語りかける。

「何言ってるの? 今どこにいるんだよ」
『どこって、この時間にいるっつったら自分ちに決まってんだろうが! 何で手前の電話で起こされなきゃいけねぇんだよ!』
「家、だって? どうして帰っちゃったの?」

 僅かに怒りの篭った声で、思わず聞き返した。
 ずっと楽しみにしてきた記念日。二人ともここ数日は仕事を入れないようにしていたし、昨日の夜、恥ずかしくなるくらい優しく抱き合ったのに、この静雄の態度は解せない。
 静雄も質問の意味を理解しかねるとばかりに、素っ頓狂な声を上げた。

『はぁ……ッ!?』
「ねぇ、朝ごはん食べないの? 早く戻ってきてよ、何してるんだよ……」
『……何言ってんだ、手前。頭大丈夫か?』
「……おい、シズちゃんどうしたの? 何があったの? 君、俺の家にいたよね……? 今日は二人でお祝いするんだよね?」

 会話が噛み合わない。
 妙な沈黙が合間に入って、互いに様子を窺っている。
 おかしい。何かがおかしい。携帯を握る手が汗をかく。

『祝う、だぁ? 何を?』
「えっ、それは、二周年記念だろ? 二人の」
『…………なぁ、朝から手前のくっだらねぇ冗談に付き合わされる俺の身にもなってみろ。二度とかけてくんな』

 ――――通話はそこで途切れた。

 プーッ、プーッと機械音が耳元に囁くのを、上の空で聞きながら、今、何が起こったのかを整理しようとするも、速まった心臓の音ばかりうるさくて、まともに考えることができない。
 耳に当てていた携帯を握る手を、ぶらりと垂れ下げて臨也は立ち尽くす。

「どういうこと……?」

 手を頬に当ててみても、握ったり開いたりしてみても、やはり現実の感覚。夢だったなんてオチの線はない。昨日寄り添って眠った、あの温もりだって覚えている。静雄が全て忘れてしまっているのだとしたら、病院に連れていかなくてはいけないかもしれない。
 
 はっとして臨也は携帯のメールの履歴を確認した。きちんと約束したはずだ。今日は二人で過ごすと。その証拠を突きつける必要がある。
 
 しかし、そんな約束を取り付けたメールは、どこにも見当たらなかった。
 それよりも、臨也が呆然とする事実がそこにはあった。
 最新の受信メールは、2010年の10月2日。
 しかも、確かに一年前の今頃取り掛かっていた仕事について、見覚えのある顧客とのやり取り。
 携帯を投げ出してテレビをつけた。最近引退したはずのニュースキャスターが、なぜ笑顔を振り撒いているのだろう。壁にかかっているカレンダー、何度も見たことがある。なぜ、去年のカレンダーなのだろう。

「……どうしよう、シズちゃん」

 何が起こっても、冷静に分析できる自信があった。大抵の非現実は、人間が齎すものならば大歓迎だった。そんな男の唇の隙間から漏れたのは、どう前向きに捉えても、恋人に縋る泣き言だった。

 


 
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