うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『路次』




ざぁと
風が吹いた。
桜が舞い散り、少しだけ白い物が混じり始めた黒い髪を飾っていく。

ごぅと
風が吹いた。
黒染めに凭れた土方十四郎は、重ねた年月の所為か出会った当時よりも、
険がいくらかとれ、それでいて妙な色気を出すようになっていた。


毎年近藤が志村妙のストーカーをするために
無理やり日程を重ねていた真選組と万事屋の花見大会が恒例の行事であったのは
遥か昔のことのようだ。

あれから、数度かの春を繰り返し、
今ではただ二人で酒を酌み交わすだけの静かな花見。

別に日を合わせるでもない。
ただ、今度の水曜辺りが見ごろだろうなとどちらともなく呟けば、
あぁ、そうかもしれねぇなと片方が返事なのかさえわからないような言葉を返す。

そして、夜桜の下で
あぁ、今年もテメーと鉢合わせかよと悪態をつき、
酒がまずくならぁと言いながら、コップに酒を注いでいく。


江戸・かぶき町で万事屋を営む坂田銀時と真選組副局長土方十四郎は犬猿の仲である。
それは何年たっても変わらない。
出会い頭に、どちらともなく睨みつけ、
チンピラ紛いのいちゃもんをつけ、
傍から見れば仕様もないことで意固地になり、喧嘩をする。

けれども、お互いに知っている。


どちらともが
護りたいもの、守らねばならないモノ。
譲れない矜持と、安易に差し出すことのできない魂。
それらを持っているから。
色恋に身を置くことはないのだと。

だから、お互いに言うことはない。

本当はどちらともが
お互いを護りたいと、力になりたいと。
背合わせではない隣の位置で、
その意地を、命を見ていたいのだと。

口に出さずとも魂のどこかでわかっていれば。
それで良いのだと。


いつか、
このまま時を重ねて、
いつか全てを手放して『個』になることがあったならば…
そんな在りもしない想像をしないことはないわけではなかったが。


かつて万事屋にいた子どもたちも、巣立っていき、
真選組も、いまや江戸にとどまらず全国を広がる確固たる組織になった今でさえ。

過ぎた時間の分だけ
『惚れている』という感情を隠すのがうまくなり、
年を重ねた分だけ、手を伸ばすことに臆病になっていて。
それでいて、
あまりに、渇望し続けている。

そんな時間だけが過ぎていく。
『腐れ縁』とは呼ぶことの出来ない種の熱を
腹の底にジワジワと自覚しながら、
それでも。
そんな時間がずっと、二人の間を過ぎていくのだと、
どちらかが、走れなくなるまでは
そう、思っていた。
そう、土方も想ってくれていると思っていた。
少なくとも銀時は。


ざぁと
風が吹いた。
桜が舞い散り、黒い髪に降り注ぐ。

ごぅと
風が吹いた。
黒染めの桜が彼を攫うかのように。

ふと、銀時は不安に駆られる。

だから、言った。
その年の春に限って。

「次の季節もまたこの桜の下で」








「なに慌ててんの?」
あわあわと走り回る地味な男を見つけ、首根っこを掴んで訳を尋ねた。
昔も今も地味なことが特徴の地味としか言いようのない男が慌てるのは8割がた、直属の上司である土方がらみであることを経験上知っているから。

「だから!副長が副長じゃなくなっちゃうんです!」
「要領を得ねぇな。いよいよ総一郎君が副長にでもなるってこと?」

「いえ!違うんです!局長です」
そう言いながら、路地裏に二人して入り込む。

妙な連帯感が出来上がっていた。
この山崎とは。
それは土方を見守り続けてきた者同士の共通の空気。
山崎にとって、『上司』はただ一人。
『近藤』ではなく『土方十四郎』なのだ。

「表立ってまだ発表されてないんですが、近藤局長がこの度警視庁総監に就任が決まりました」
「ゴリラ、大出世じゃねぇか」
茶化して言ってみるが、きっとこれは極秘情報だ。
部外者の自分に話す時点で山崎がかなり焦っていることがわかる。
「松平のとっつあんがいよいよ引退する気になったからなんですがね。
 空いた局長席に沖田隊長が就任します」

ということは、土方も近藤の補佐で上に上がるということだろうか?

「土方さんは…昇任を蹴って、真選組にも辞表を出しました」
「は?はぁぁぁぁぁぁぁ?!」

思わず、山崎の胸座を掴んで揺すり、半分締め上げる。

「ちょ!だ、旦那!苦しい…」
「土方がなんで?!辞めた?アイツが?冗談だろ?」
近藤が、真選組が一番な『土方十四郎』。
「本当ですって!じゃなきゃ俺こんなに慌てて土方さん探してません!」

当初、内々示の時点では近藤の幕僚入りに伴い土方にも真選組局長もしくは副総監の話が出ていた。
しかし、いざ内示の箱をあけると何処にも土方の名がなかったのだという。

「副長の部屋、やたらと片付いてるし…」
「近藤は?」
親友でもあり、唯一の大将だと認めて付き従ってきた男ならば事前に話をしているに違いない。
そう思ったのに、山崎は首を横に振る。

「俺以上に動揺しまくって、松平のとっつあんのとこに走って行きましたよ」
「ジミー、その内々示っていつあった?」
「え?あ…栗子孃が出産した頃だから…春先かな?」
松平引退の最たる理由は愛娘が初孫をもたらしたことらしい。

「なるほど…ね」

花見の時の違和感の正体に今更ながら気がつく。
あの時、次の年の話をしたあの時、
土方はなんと答えたのか?

何も応えなかった気がする。
ただ静かに笑うだけで。



「ジミー…あいつ、引き戻してぇか?」
「そりゃ…」
答えかけ、一拍だけ間をあけて、また続けた。
「そりゃ副長は前線に立っていてこその副長ですけどね。
 無理して、愛想振りまくって、海千山千のジジイどもの間歩き回るのなんて、
 本当は向いてないことぐらいわかってます。
 それでも…なんでもいいから真選組にいてほしいってのは、
 俺の…俺たちの我が儘なんでしょうか…」

旦那はどう思うんです?とばかりに瞳は問うている。
この監察の喰えないところだ。


「でも、アイツ…行くところなんてあんのかね?」

これまで、『真選組』の『土方十四郎』だった。

多少の蓄えはあるのだとは思うが、咄嗟に思いつかない。
非番の日も屯所で仕事をしたり、映画や保養ランドに行くくらいが関の山の男だ。

じっと地味な男を見つめる。
この男が慌てるということは、よほど用意周到であったか、
もしくは何も用意せずに長く暮らした屯所を出たか。

不思議と前者はない気がした。
几帳面な様で、時として銀時さえ驚かす図太さを持っているのだ。

ふらりと、
本当にふらりと、
あれだけこだわっていた真選組も出ていくような気がした。

惑えば、
機会は永遠に失われるとばかりに。


「いつか…なんて思っていたが、こりゃ…」

現状維持だなんて、
走れなくなったらなんて、呑気な事を願っている場合ではない気がしてきて。

真選組の面々だけではなく、
銀時自身も…
失うかもしれないのではないかと。

路地裏から見える空。
高度で流れる風の速さが違うのか、上空の雲だけが先に先にと動いていく。


「旦那…」
山崎の声に、空から目を離した。


「真選組のことなんざ、俺の知ったこっちゃねぇけどよ。
 こんだけ長く続いてる腐れ縁だからな」

切りたくても
斬りたくても
絡みついて外すことの出来ない縁の鎖。

だから
「妖刀騒ぎの時の報酬もまだ支払終わってねぇンだよ。アイツ」

だから
「俺がアイツをもらっちまうけどいいよな?」


一瞬だけ小さな目をこれ以上ないほど見開き、山崎は嗤った。
「あの人がそれで留まるなら」

その言葉に、応と答え走り出した。



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