うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




行先なんて、限られている。
でも、監察の技術をもって見つけられないということは、
いつもの、行動範囲にいないということだ。

郷里に、一度だけ鉄と行ったことのある武州も脳裏に浮かんだが、違う気がした。

どちらにしても、江戸を既に出てしまっていたならば手の打ちようがないのだが、
それはないと直感は言っている。

「と、なると…」

更け始めた夜道を月明かりを頼りに歩く。
春特有の朧霞んだ月ではない、強い意志をもって地上を照らす光。

通いなれた、とまでは言わないが、
十分に馴染んだ道を歩き目的地に向かう。

今日
真選組を土方を出たことを銀時が知ったのは偶然。

慌てる山崎を見つけなければ
もう数日、いや、公式発表があるまで知らなかったかもしれない。

それでも、
今日ならば。
何故か『そこ』にいる気がした。

いい歳したオッサンがなんだかなと期待する自分を笑う。
『ここで』と言った銀時の言葉を律儀に護るはずだと。



そして、見えてきた桜並木と予想通りの人影に今度は苦笑する。


「なにやってんだか…」

彼はいた。
けれど、彼は一人ではなかった。
桜の木に凭れかかり座る黒の着流し姿の男を数人の浪士然とした男たちが囲んでいるのだ。

既に穏やかな状態でない事は相手が抜刀している様からも明らか。


「真選組副長土方十四郎、お命頂戴する」

相手が土方だと分かっていて向かっていくのだから余程腕に自信があるのか、
それとも、ぼんやりと座る土方の様子に酔って足腰でも立たなくなっていると思って
油断しているのか。

「馬鹿だねぇ」
相変わらず、瞳孔の開いた少し色素の薄い瞳は鋭い。
だが、遠目から見ていても土方の瞳は凪いでいた。
若い時ほど好戦的という訳ではないが、刀を振るうことに迷いなどない。

一度、密度の濃いまつ毛が臥せられ、口の端が引き上げられた。

「今日ぐらいは、静かに過ごしたかったんだがな」

土方の呟きが浪士たちに聞こえたのか。
いや、聞こえなかっただろう。

咆哮をあげながら、白刃が振るわれた。
上段に振りかぶる者。
正眼から挑む者。
突きで一気に踏み込む者。

深緑の葉の隙間から零れ落ちる月の光の中。
銀色の閃光が数度走る。

土方の剣に衰えは見受けられない。
油ののっていた20代に比べれば、体力的なものは多少落ちてきているとは思うが、
その分、動きに無駄は無くなったよな。
楽しそうな土方の顔を見ながらそんな感想を持つ。


変わってほしいのか。
変わって欲しくないのか。


ざぁと
風が吹いた。
ギザギザとした葉が風に飛んでいく。
そうして地面に伏せた男たちの上に降りかかる。

ごぅと
風が吹いた。
黒い着流しの土方は、カチンと硬質な音を立てて刀を鞘に収めた。
刻まれ始めた目の下の皺を気持ち分、深くして銀時をみて嗤う。




「よぉ」
「おぅ」

それだけを交わし、延びている男たちを避けながら、土方に近づいた。

「峰打ちかよ」
「まぁな。もう真選組じゃねぇからな」

あまりにあっさりとした返しに笑みが浮かんでくる。


「オメ…それでいいのかよ?」
「応。いいんだよ。いつまでも俺が屯所に居座っちゃ皆がやりにくいだろうが」
煙草の価格が上がろうと、税金の賦課率が倍近くになろうと、
止めることのできなかった煙草をうまそうに煙らせる。

「行く宛…あんかよ?」

こんな夜更けに
こんな場所で一人ぼんやりとしているぐらいだ。
しかも、酒を飲んでいる気配もない。

土方の足元には、ずだ袋と刀袋一つ。
それだけの荷物が転がるのみ。

「取りあえず、今晩はここで野宿でもするつもりだった」
 宿の予約入れ忘れていたとのんびりとぼやく。
「はぁぁぁぁぁぁ?!何言ってくれちゃってんの?今、襲われたばっかだよね?」
「別にあんな雑魚ぐらいなんてことねぇ!」

いつも通りすぎて、いつまでたっても話は止まらない気がした。
もう何年も続けている意地の張り合いなのだから。


「あぁ!もう!いいから!オメーはウチに来い!」

あまりに普通に流してしまいそうだったが、そのまま手を放してしまうわけにはいかなかった。
本来感じていた焦燥感は既に土方の姿をみた時点で薄れてはいるがゼロではない。

「別に…同情はいらねぇ」
眉を顰めながら顎が持ち上げ、夜空を見上げたようだった。

やはり、今日も風が強い。
流れる雲の速度がそれを物語る。

「んなもんするかよ。それよりも、オメーがここを選んだのはなんでだよ?」
 
黙って、煙草を思い切り吸い上げ、一気に短くしてから携帯灰皿に吸殻を押し込む。
少ない荷物を手に取り、土方は足を踏み出した。

「土方!」

「テメーんち行くんだろ?」
肩越しに振り返り、にやりと笑う。

それが答えと言わんばかりに。


変わらないわけではない。
変わるばかりでもない。

月日の分だけ、お互いにズルくもなった。
それを証明するような、ワルイ顔つきだったが、嫌いではない。

先をどんどんと歩き出す男を慌てて追いかける。

「なぁ!オメーホントに行くとこねぇの?」
「まぁな」
周りの心配を他所に本人はいたってケロリとしている。
こんな男だっただろうか?
いつも上にも下にも問題児を抱えて、眉間に皺を寄せていた土方。

「じゃ、このまま万事屋で雇ってやろうか?」
「テメーの下で働くとか冗談じゃねぇよ。自分の食い扶持ぐらいなんとかならぁ」
「おぅおぅ、退職金たんまりせしめたか?老後の心配はご不要ってか?」
「誰が老後だ!?ゴラァ!」

「オメー色々一気に吹っ切りすぎ」
あぁ、と漸く銀時の言わんとしたことを理解したのか、土方が歩を緩める。

「ま、俺がいようといまいと今更真選組は揺らがねぇし…」
「どうだか?総一郎君が独裁政権立ち上げるだけじゃねぇの?」
いつぞやの『イボ』騒ぎの時のように。

「そん時はそん時だ。『顧問』が黙っちゃいねぇよ」
「どうだ…か…?」
土方の言葉に引っ掛かりを感じ、言葉を止めて、質問を変えた。

「『顧問』って誰だ?」
沖田に言を投げられる人間というのは色々な意味で限られてくる。

「俺の新しい肩書。一応真選組は辞めた形だがな」
「は?じゃ、なんで屯所出てきてんだよ?オメー、ジミーも必死で探してたぞ?」
山崎の様子で、すっかり土方は完全に真選組を退いたのだと思い込んでいた。

「前線からは外れるし、屯所にいると今まで通り、口も手も出しちまいそうだから
 別ントコから通うことにしようかと思ってよ」
「だからって…」
「あ?近藤さんも知ってんだからいいんだよ」
では、近藤が慌てていたのは、いきなり屯所を引き払ったことだったのか。

「なに一人でまとめてくれちゃってんの?
 何これ?俺一人で早まった感じなのか?勝手に一人で盛り上がってた感じ?
 っとによぉ。真選組辞めたんなら、このまんま
 共白髪で銀さん養ってもらおうと思ったんですけどぉ?」
頭を抱え、座り込みたい衝動に駆られながら悪態をつくしか術はない。

別に、何処かに消え去るつもりはなかったのだ。
最初から。
どこまでいっても、土方は土方十四郎で。

「こんのマダオがっ!大体テメーは元から白髪じゃねぇか!救いようがねぇ」
「うっせ!放っとけ!俺の純情返せ!
 それに!白髪じゃないから!まだまだキレ―な銀髪よ?これ」
ヤケクソのように髪を一房引っ張って、どうでもいいことを主張する。
「バーカ!歳と共にくすんだ色になってきてるじゃねぇか」
「天然パーマは関係ねぇだろうが!大体よ、突っ込むところ間違ってねぇ?」
そう半ば自虐ネタだなと思いながら放った言葉に思わぬ応えが返ってきた。

「間違ってねぇよ。言っとくが、家賃も生活費も折半だからな!」
「は?」
急に話が戻り、逆に眼が空と泳いでしまった。

「第一テメーは家賃、支払ってんのかよ?」
「遅れてるだけですぅ。3か月ぐらい?じゃなくて!」
「あ?」
「じゃなくて!いいのかよ?」
確かに、棲み家を探すと土方は言った。

「テメーが来いって言ったんだろうが!」
「そうなんだけどね?そうじゃなくて…」
共白髪の意味を解って返しているのだろうか?
意外に自分の事は豪胆というべきか、天然なところは何年たっても変化がない男だから。
警戒してしまう。
今更のように。

「あんだよ?」


ざぁと
風が吹いた。
桜並木から少し離れたから、ただ、風だけが土方の髪を巻き上げる。
今まで、口にしたことはない。知り合って、かなりの時間を微妙な距離で過ごしてきた。

ごぅと
風が吹いた。
風に背を押されるように、足を、手を延ばす。


「知らねぇからな?」

腹に力を入れて、ずっと滞っていたモノを含めて低く吐き出すと、
相変わらず、瞳孔の開いた瞳が小さく見開かれ、そして細められた。

「いい歳したオッサンが何言ってやがる」

決定的な言葉をやはりいう訳でもない。
ただ、確認だけ。

それは臆病だからなのか。
言葉にせずとも通じてしまうことへの甘えなのか。

「馬ー鹿!いい歳になっちまうぐらい時間かかってんだから、
 しっぽりねっとりするんだろうが、これから!」
「上等だ」

万事屋へと続く道に伸びた影は、やけにぼんやりしていた。
空を見上げれば、月はいつの間にか雲に少し隠れ並んだ影を淡く映している。



きっと喧嘩だって、
意地の張り合いだって、
どうせこの先も続いていく。

手をつなぐわけでもなく、
寄り添うでもなく、
横を歩き続ける。

そんな歩き方で、この先まだ長いであろう路次を共にできればいい。

濃くなったり淡くなったり変化する影の色と風を見ながら、
銀時は笑みを浮かべた。




『路次』 了









この度は参加させていただきましてありがとうございました。

よ、よもや作品参加させていただけることになるとは…
錚々たる書き手さまの中に混ぜていただき、恐恐としております。

もだもだと、こんな年になるまで…の二人を書いている最中は楽しかったですが…。

ここまでお読みいただきました皆様、
そして素敵企画を主催してくださいました阿寒子さま!
本当にありがとうございましたm(__)m



 





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