今すっごく流行りの曲がある。アップテンポで、エレクトリックで、ピコピコした背後の電子音とボーカルの声が心地いい曲。
らしい。
と不確定なのは私がまだその曲を耳にしたことがないからで、それを聞いたレッドはちょっぴり驚いた顔をした。あまり感情が顔に出ない彼にしては珍しい。レアだ。今日は何かしらラッキーなことがあるでしょう。

そんな訳でレッドはポケットからスタイリッシュなフォルムのミュージックプレイヤーを取り出した。先日最新型だとグリーンがぶいぶい言わせていたのの一世代前だ。しかしそれでも十分にハイテク機器である。私はその前の前の…悲しいから考えるのは止めておく。

「右」
「うい」

イエスの代わりに頷いて差し出された方を手に取りそう言うと、レッドは左側のイヤホンを自分でとった。途切れる短い単語の応酬に、お前らそれでよく意思疎通出来んなと私達の会話はグリーンからのお墨付きを貰った。愛の成せる業…とまではいかないけど、お互い長いこと付き合っている訳だし。レッドの言わんとしていることはなんとなく分かるから問題はないし、時たま私が発する擬音語にも特に意味はない。フィーリングだ、ようは。感覚。

「つけた?」
「イエス、サー」

妙に畏まった私の返事と共に右耳から元気な音が流れ出した。うん。確かにアップテンポで…エレクトリックで…ピコピコがナイス。

「こういう曲も聞くんだね」
「変?」
「変ではないけど、なんていうか、レッドらしくない?」

うーん、と唸ってからそう言うと、レッドの方も返事にワンテンポ置いた。俺らしい。
俺らしいってなにかとレッドは聞いた。何って、それらしくないと言うか。レッドはもっとこう、歌詞とかが無いようなバックミュージックとかが好きじゃなかったかなあ。いや、野暮なことは言わないで置こう。中々耳に残るメロディーだし、一度目くらいは口を挟まず真剣に音楽に向き合おうじゃないか。

イヤホンで繋がれた私達は、静かに間にあるプレイヤーの画面を眺めるのに徹した。自然にプレイヤーの横に添えられているレッドの手がふと目に入る。今更ながらだけど随分近いな。その手に沿って視線をそっと上げてみると、僅かに下に傾く端正な横顔が目に入った。むむむ。目を反らしたくて、でも反らせなくて、胸の奥がちりちりする。

「ナマエ」
「は、はい!」

突然レッドがこちらを向くから慌てて返事をした。二重の意味で心臓に悪い。寿命が縮んだ、どうしてくれる。

「この曲、」
「うん」
「ナマエが好きかと思った」
「あ、うん。好き好き。この曲いいね、なんていうの?」

一定のリズムを刻む音に再び耳を傾けつつ聞くと、レッドが答える。のだけれど、耳慣れないカタカナのせいなのか、はっきりと聞き取れなかった。右耳から流れる音楽のせいかもしれない。ごめん、もっかい言って、と振り向いて聞き返すと、少し間を空けて、唇が塞がれた。反射的に肩がはねて、耳から外れたイヤホンが行き場を失う。
き、きき、きすした?

「な、なん。なんで突然」

状況把握が追い付かなくて動揺しながら聞くと、レッドはナマエが笑ったから、と言った。

「わ、私?」
「そう」

ナマエが笑って、好きだと思ったから。
そう説明口調に(あまり説明にはなっていないのだけど)レッドは言って、外したイヤホンをまとめた。綺麗で真っ直ぐな目が私を見つめている。

「ナマエ、俺のこと好き?」

驚きのせいでアルコールみたいな中毒性でもって流れていた曲のメロディーは、すっかりどこかへ飛んでいってしまった。
やっぱり今日のレッドは変だ。普段と同じなのに、感覚的なところで違う気がする。
…でも。そんなところもまとめてなんだかんだ、私はレッドといるわけで。いたいわけで。
ちょっぴり恥ずかしさに躊躇ってから好きだよというと、レッドは満足そうに少し唇の端をあげた。




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20130222
たまに無性に人恋しくなるときがあるよねって話

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