思い出したみたいに林から時々聞こえる鳴き声が、耳にうるさいくらい哀しそうに聞こえて、胸がいたい。



…最近私の心を占めていることがある。澄んだ青空の下、私は視界に見慣れた青い服を見つけた。


「カルムくん」
「あ」


カルムくんがこちらの存在に気付いたのか、やあ、と片手を上げる。私は道路に沿って行き、彼の隣へ向かった。何を隠そう、彼こそが今現在の私の問題の種である。この町出身の友達の一人…カルムくん。正しくは、友達じゃないのかもしれない。というか、私が友達でいたくない。それは勿論、嫌いなんじゃなくて、寧ろ反対の感情からくるものだけれど。


「何してるの?」
「ああ、うん…今度セレナとバトルするときのために、戦略を練ってる」


その言葉通り、カルムくんの手には幾つかのモンスターボールがあった。そう、問題はそれだ。セレナちゃん。最近出来た私の友達で、色んな方面の才能溢れるすごい子なのだ。友達という贔屓目なしに、自分のことじゃなくても胸を張って自慢したくなるくらいに。
ただ、そこで問題がある。私の胸の奥に棘みたいな違和感を残していく、私と違う呼び方。


「セレナちゃんとバトルするの?」
「そう」


約束したからと言いながらカルムくんは両手のモンスターボールを見比べていた。きっとセレナちゃんがどんな戦略でくるのか考えて、どう対応しようかと吟味しているだろう。

一方で私の頭を悩ませているのはカルムくんの口から零れたセレナという言葉だった。物心ついたときから私はアサメタウンのメンバーと仲良くやってきているが、思い出す限りでも彼は私のことを決まってあだ名で呼ぶ。それなのに、セレナちゃんはセレナ、と呼ぶのだ。些細なことかもしれない、けど、確かに私にとっての境界線がそこにあった。


「でもそろそろ帰るよ。割と時間経ってたみたいだし」
「…あのさ、カルムくん」
「ん?」
「カルムくんは、どうして私のことを名前で呼ばないの?」


聞きようによらずとも可笑しな質問だったと自分でも思う。特別名前で呼ぶ必要なんて、ないのに。いつからだろう、一番聞きたい質問が喉元で戸惑うようになってしまったのは。それはきっと、私がカルムくんのことを。


「突然どうして?」
「ほら、カルムくんは、セレナちゃんのこと名前で呼ぶから」


サナちゃんが名前で呼ばれているのは分かるのだ、明るくて人懐っこいサナちゃんは、私よりも先に皆と仲良くなったから。けど、セレナちゃんは…。真っ直ぐ目を見てなんて言えなくて、何もいない草むらの方を向く。眩しい光の下で、涼やかな影が落ちている。


「どうして私はずっとあだ名のままなのかなって」
「それは」


それは、の後には無音が続いただけだった。私はどうしようもなく悲しくなった。今すぐ泣き出したくなるような衝動が私の底の方で暴れている。それは…セレナちゃんが、特別だから。


「…ごめん。変なこと聞いちゃった」


早く帰らないとね、と在り来たりな言葉で濁してみる。音が全部どこかに言ってしまったみたいだった。分かってたのに、理由なんて。私の周りから、円を描くように音が消えていく。聞いたって、意味なんてなかったのに…


「ナマエ」


聞き慣れた声の、けれど一度も聞いたことのない名前が響く。驚いて振り向くと、躊躇いがちに視線を落としたカルムくんがいた。空耳かと疑ったけれど、確かに私の耳に残った声がじりじりと痛む。


「ほら、セレナとサナは、友達だし…」


磁石の両端みたいに、引き付けられた目が離せない。風がそよいでいて、はっきりと耳に届かないのがもどかしかった。


「そういうこと、気になるのは特別だからっていうかさ…」
「!」
「いや、違う。忘れてくれ」
「違う、の?」
「ああいや、そういう意味でもないけど…」


照れたように顔を逸らすカルムくんに、知らず知らずの内に、熱くなる頬がゆるゆるとゆるんでしまう。とくべつ。その四文字が私の中の霧を全部、どこかへ追いやってしまった。


「カルムくん」
「…何?」


「一緒に帰ろう」


寄り添うように足を進めると、カルムくんはちょっぴり困った顔をする。けれど、隣で歩き出してくれた。



…どうしてだろう、ふと思いついたみたいに時々響く鳴き声が、今は歌うように弾んで聞こえる、気がする。


幸せのメロディー



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20131109
Thanks request!
みかんなめこ様へ
「両想いに気 付く前のちょっと切なく甘い感じ」

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