Metempsychosis
Material Note
ガンダラ要塞
「しっかりして、ミラ」
「ミラ、起きて」
薄暗い牢の中、少女達の声が響く。
未だ意識の戻らないミラに寄り添い、献身的…と言うよりは、縋る様に声をかけ続けているエリーゼとドロッセルから離れ、カンタビレは壁に凭れて目を閉じていた。
騒がずとも単に気絶しているだけ、直ぐに目を覚ますだろうに。
そう内心でカンタビレが独り言ちた通り、ミラは間もなく目覚めた。
それと同時に牢の出入り口に長いこと直立不動でいた兵が1人、持ち場を離れた気配を感じる。
そして、目覚めたミラにドロッセルが状況説明するのをBGMにカンタビレが静かに目を開けた時、男は現れた。
「お目覚めの様ですね」
「貴様は!」
一見丁寧に聞こえる口調、きっちりと切り揃えられた前髪はその両目に被りそうな程に長く、それにより只でさえ窺いにくい顔色を更に隠す様に、両サイドの髪が肩ほどまで伸ばされている。
必然的に顔に影を落とす為か、男はどことなく陰湿な印象を与えるが、後ろ手を組む姿勢や兵を幾人も引き連れた様子は男が高い地位に在るのだと強く主張している。
実際男は偉かった。
「私は、ラ・シュガル軍参謀副長ジランド」
もう一度言えば、居丈高に言うジランドは己が高い地位に在るのだと強く主張している。
しかし、その様はカラハ・シャールを攻めてきた際に見せたへっぴり腰を見た者にすればどこか滑稽だと思われれるだろう。
実際ミラはそう思った様で、ジランドを『ナハティガルの犬』と皮肉った。
しかし、
(なーんか、気持ち悪いね…コイツは…)
カンタビレが得たのは何とも言えない違和感だった。
それは、体の線を殆ど隠すような、実際より細身に見せるだろう程にゆったりした服装にあった。
ゆったりした服装で殆ど隠れていても尚がっしりとした肩幅、そして僅かに窺える首の太さ。
如何にゆったりした服装をしていても、よくよく観察すれば全体的に骨太な男だとカンタビレは思ったのだ。
実力の程は判断が難しいが、コイツは『非戦闘員』なんかではない。
少なくとも、後ろに引き連れた兵士達をあっさり倒せるだろう。
だとすると、カラハ・シャール侵攻での腰抜け様は何なのか。
単に元来の性格?
(そうとは思えないけどねぇ……)
そう考えを巡らせていたカンタビレを余所に話は進み、ジランドが求める『カギ』の所在を問われ、ミラが白を切る。
そんなやり取りの後、ミラは勿論、カンタビレ、エリーゼやドロッセルのみならず、無関係の若い女性を1人を伴って牢を連れ出された。
牢から出て広がったのは、高い半ドームのような、やたら高く、やたら長い、恐らく通路(と言うには無駄に広い)だろう空間。
そこには淡い光を放ちながら一定の間隔で展開し、点滅を繰り返している魔方陣らしきもの。
それはまるで、幾重にも張り巡らされた蜘蛛の巣のようだった。
それの真ん前にミラを立たせて、再びジランドが問う。
「もう一度問います。『カギ』をどこに隠したのですか?」
「知らんと言っただろう」
初めから解りきっていた返答に、ジランドが此方に背を向ける。
それが合図だったのか、兵士が牢から共に連れ出してきた女性をミラの隣に立たせ、強くその背を押し出せば、
「何を……」
それが、訳もわからず魔方陣らしきものを越えた名も知らぬ女性の、
最期の言葉となった。
-----ドォン!
突然の爆発に、辺りに立ち込める黒煙、それに伴う臭い。
その意味に、表面上は無表情を保ちつつ、カンタビレは内心で盛大に顔を顰めた。
(悪趣味……)
どさり、と倒れた音の後、黒煙が晴れた先にあった光景に、エリーゼとドロッセルは揃って小さく悲鳴を上げて顔を覆う。
「自分たちの足をご覧なさい。彼女と同じものがついているでしょう?それをつけたまま、あの呪帯に入ると……ご覧の通りです」
「この様な暴虐許されませんよ!サマンガン条約違反ですわ!」
勿体つけた言い方をするジランドに、ドロッセルが顔を青醒めさせながらも強く訴えた。
しかし、その正論は『此処』で通用するわけもない。
事実ジランドはそれを黙殺した。
一連の流れの中、カンタビレは微塵の動揺も見せないミラの様子を静かに観察していた。
ジランドが態々エリーゼやドロッセルまで連れ出し、この『結果』を見せたと言うことは、次に来る手段は明らか。
そうなった時、ミラはどうするのだろうか?
こんな状況に在りながら、それを見たいと思っている自身も大概悪趣味だと、カンタビレは人知れず自嘲した。
執筆 20130120- 26 -
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