Metempsychosis
Material Note

弾き出された先で

「これで契約は終了だ」
「ああ、助かったよ。凄腕と噂されるだけある。流石だな」
「煽てても報酬はまけないよ」
「そりゃあ残念」

軽口を言う依頼人から代金を受け取って別れ、カンタビレはイラート海停の入り口で海停内を見回した。

時刻はまだ昼前。
たった今護衛の仕事の報酬で現金を受け取ったばかりなので金には困っていないが、宿で休む程疲れてもいない。
そんな訳で暇つぶしがてら次の依頼でも探そうかと、カンタビレは海停へと足を踏み入れた。



ぶらぶらと海停内を彷徨いていると、ふぅ…と深い溜め息が吐いて出る。

「、と」

そんな無意識の溜め息を戻すように、カンタビレは自身の口を覆った。

『カンタビレ、知っているかしら?』
『何をでしょう?』
『溜め息を吐くとね、幸せが逃げてしまうんですって』
『………は、』
『ふふふ。だからね、カンタビレ』

と、ダアトから左遷されると決まったカンタビレの深い深い溜め息に、どこまでもふわふわとした彼女の君主は続けた。

『吐いてしまった溜め息は、もう一度大きく吸い直して』
『吸い直して?』
『またいっぱい吐くといいわ』
『それは…』

ただの深呼吸ではないのかと、当時のカンタビレは内心で激しくツッコんだ。
そんな彼女を知ってか知らずか、柔らかな笑みを更に深めて、君主は言った。

『そうすると、とてもすっきりするでしょう?』

それを不意に思い出して、口元を綻ばせてながら眉尻を下げると言う器用に複雑な顔で、カンタビレは笑った。



カンタビレが、このリーゼ・マクシアと呼ばれる異世界で目を覚ましてから、かれこれ5年程経つ。
最初は流石のカンタビレもかなり戸惑ったが、そこは切り替えの早いカンタビレの事。
この世界の文化や常識を何とか頭に叩き込み、傭兵として各地を転々としながら、オールドラント…延いてはカンタビレが君主と決めた唯一の人、フィエラの元へと帰る方法を探す日々を送っていた。
しかし、そう簡単には方法も手掛かりも見つからず、現在に至っている、という訳なのである。

そんな中では、思わぬ発見もあった。
それは傭兵という仕事が存外性に合っていた、という事。
元来の剣の腕も相俟って、今ではかなりの凄腕として名が通っている程だったりするのだが、それはまた別の話として。



そんなカンタビレの新たな仕事は、程なくして見つかった。
イラート海停の西にある湖に棲みついた魔物の討伐である。

「承諾するかい?」
「ええ。お願いします」
「それなら契約書に、」

依頼人の女性と細かな交渉を終え、サインをしてくれ、と言いかけた時だった。

「よっ!依頼があるんだろ?俺達にやらせてくれないか?」

長身でなかなか体格の良い男が、やたらと肌を露出した服装の金髪の女と、まだ幼さが残る黒髪の少年を連れて、依頼人に声を掛けて来たのは。

彼等にはカンタビレの存在に気づいてないようだった。
話をしていたのが太い石柱の間近だった所為で、反対側からやってきた彼等からは死角になって見えないのだろうと、カンタビレは早々に結論をだして、微かに目を細める。

「あ、あら、あなたも傭兵?」

声を掛けられては無視をする訳にもいかず、振り返りながらも女性は気まずそうだ。
今まさにカンタビレに依頼をしようとしている最中なのだから当然だろうが。

と、黒髪の少年が首を傾げた。

「依頼?」
「そ。こういう依頼は魔物との戦いになる時もある」
「なるほど。ここで仕事として依頼をこなせば、お前は報酬を、私は訓練になるという訳か」
「そゆこと。これで利害が一致したろ?」

どうやらきちんと説明をしていなかったらしい男。
話しかけてきたにも関わらず、こちらをそっちのけで今更ながらの説明を始めてしまった。

しかしながら、カンタビレにその会話が終わるのを律儀に待つ筋合いはない。
依頼を受けに来た、という事は、詳細はどうあれ、結局はカンタビレの商売敵なのだから。

会話の間に依頼人にサインを貰ったカンタビレは、控えを渡してその場をさっさと立ち去った。



筈だった、のだが………、

「ふむ…、どうしても駄目だろうか?」
「連むのは好かないんだよ」
「そこを何とかさぁ。頼むよ」
「あの、お願いします」

……何故かあの時の訳あり(っぽい)3人組に呼び止められ、依頼を譲るか、一緒に退治に行かせて欲しいと頼み込まれていたりする現在。

先程述べた通り、事情もあって身軽な単独行動を好むカンタビレはそれを断っていたりする現在。

どうやら今日は依頼が少ないらしく、さらに魔物退治の依頼を訳あって選びたいという彼等の鼻先から、カンタビレがそれを一足先に請け負ってしまった、という事らしい。

これは面倒な事になった、と、カンタビレは内心で盛大に舌を打った。

本音を言えば、そう強い拘りや信念がある訳でもないので、譲っても構わないのだが、仕事を請け負い、契約書を交わしたのはさっきの今。
この短時間で仕事を投げ出すのには、流石に抵抗を感じると言うか、高すぎるくらいのプライドが許さないと言うか、良く当たると自負するカンタビレの勘が譲るのを良しとしないと言うか…。
まぁ兎に角、適当に理由を付けて断るのが一番か、と判断して。

「魔物退治の依頼なんて珍しくもないんだ。今日はなくても、そのうち見つかるだろうさ」
「あ―、それは…まぁ…、」
「確かに…」
「ふむ、一理あるな」

カンタビレの言にぐっと言葉を詰まらせた男2人とは違い、女は物凄くあっさり納得してくれた。

「解って貰えて何よりだよ」

じゃあね、と立ち去るべく背を向けたのだ、が、

「しかし、私にも先を急ぐ訳があるのでな」

その行く先に立ちふさがって、女が言った。

その瞳は強く、真っ直ぐで、

不思議と、似ても似つかない君主の面影が重なった。

「…………」
「…………」

暫く2人は睨み合っていた。
その後ろで取り残された少年がおどおどとカンタビレと女を見て、どうしようと言わんばかりに男を見上げ、見上げられた男がお手上げとばかりに肩を竦めていたなんて事は、カンタビレからは見えなかったが。

そんな睨み合いがどれ程続いた頃か、先に口を開いたのはカンタビレだった。

「……………いいよ」
「えっ」
「ただし、条件がある」

この短時間で一体どんな心境の変化か、一転して承諾の兆しを見せたカンタビレに、少年の目がパッと輝く。
しかし、先程まで適当な態度でいた男は違った。

「その条件ってのは?」

僅かに目を細め、声を低くして男が問うのに、

「このあたしに」

にィ…っと悪どい微笑みを湛えて、

「あんた達が勝てたら…、ね」

カンタビレは言い放った。



執筆 20120331



あとがき

予想外に書いてて超楽しかったです(^w^)
また書きたいなぁ…。
レスポンス次第では連載したいくらいですぜ!(>ω<)/
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