Metempsychosis
in Tales of Graces f

Sombre

フィエラがアスベル達と共にラントを出発して数時間。
ストラタ国オル・レイユ港行きの定期船の船尾で、にぶにぶに鈍いアスベルにシェリアがむくれている頃、フィエラは彼らとは反対の船首にいた。

開放的で広々とした船尾と比べて窮屈な船首には乗客があまり来ないからなのか、雑然と置かれた木箱の一つに腰掛けて、既に見えなくなって久しいラントの方角を、ぼんやりと見つめる。

「…………」

微かな溜め息が風の音にかき消されるのを聞きながら、フィエラは静かに目を閉じる。

ーーーーー…行きたく、ない。

フィエラの正直な気持ちだった。
もちろん自分に拒否権がない事も分かっているが、そう思う事は止められない。
それはフィエラがバロニアに移る前まで、ストラタ国内を転々としていたからに他ならない。
土地に明るい分、首都に向かうルートも分かる。
オル・レイユを出てセイブル・イゾレを経由し、首都ユ・リベルテへ向かう事になるだろう。

ビュウッと強い潮風に煽られ、淡い緑の髪が舞い上がるのも気にせず、フィエラはぎゅっと両手を握り締めた。

自分を知る者に会うかも知れない可能性を考えると、酷く憂鬱だった。
怪しまれる前に別の街へ移るようにしていた為に、街単位で言えば一所に留まっていたのは平均で5年程か。
しかし、ストラタ国内に留まった総年数は30年近いだろう。
一通り巡ってしまった為に、フィエラはウィンドルに移ったのだ。
ストラタ国内でフィエラを知る者がいなくなるまで、ウィンドル国内を転々とするつもりだった。

しかし、現実はなかなか思うようにはいかないらしい。
永らく生きてきて、フィエラは久し振りにそれを実感する。

誰とも一定以上親しくならないように生きてきたので、僅か数年だけ住んでいたフィエラを覚えている者なんて早々居やしない。
今まで何度か顔を知る者に出会した事はあったが、皆気づかずに素通りか、気づいても他人の空似と思われて終わってきた。

しかし、今回は違う。
まだ…まだ、ストラタに戻るには早過ぎる。

「……………困ったわ、ね」

いつもフィエラがのほほんと言う言葉も、今はあまりにも弱々しく。
ただでさえ憂鬱な気分を、より一層落ち込ませる。

その悪循環に終止符を打たせるように、ゴゥッ!と先程より強い風がフィエラの背を押した。
しかし、少しばかり前傾姿勢であったフィエラにとって、その風は体勢を崩すのに十分で。

「あら」

ぐらりとブレる視界には、迫り来る木目。
とは言ってもどんな時でものんびりなフィエラが、こんな時だけ俊敏に受け身をとるなんて出来る訳もない。
そのまま顔から落ちてしまう、………かと、思われた。
が、しかし。

「……あら?」

きょとりとするフィエラ。
その身を襲う筈だった痛みは訪れないままだ。
ふと鼻を掠めた香りに、顔を上げて。

「あらあら?」
「あらあら?じゃない。姿が見えないからと捜してみれば、こんな所で何をしてる」

木箱から転げ落ちかけたフィエラの肩をがっちり支えるマリクに、開口一番怒られた。
しかし怒られている当人はと言えば、怒られる理由が分からずきょとりとするばかり。
そんなフィエラにマリクは深い溜め息を吐いた。

「狙われていると言われたのを忘れたのか?船上と言え、1人にならない方がいいだろう」
「あらあら、言われてみればそうでしたね。ごめんなさい、マリクさん」

甲板にしっかりと立ち、ぺこりと頭を下げるフィエラに、そういった自覚がない事は誰が見ても明らかだったが、それまでの影もまた、跡形もなく消しされていて…。

すっかり誤魔化す事だけには長けた自分に、フィエラは内心で苦く笑うしかなかった。




執筆 20110618

sombre = [仏]憂鬱

- 23 -
Prev | Next

Back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -