アタシ、天使





「お・バァッカ・さんっ」

 アタシは目の前の大オトコを小馬鹿にしながら、相手の右肩に手を置いてカラダを宙へと躍らせた。

 まるで蝶みたいにひらりと軽く跳ね上がるアタシを追いかけて、オトコの視線が上に行くけどもう遅い。

「所詮、アニャタはカモなのにゃ〜」

 棒立ちでアタシを振り落とすコトもしないオトコにバイバイ、と手を振って、フトモモをオトコの首にしっかりと絡みつかせる。こ〜んな可愛いオンナノコの魅惑のフトモモでカオを挟んでもらえるなんてホンット、オトコ冥利に尽きる幸せ者じゃない?

 ……でも、ね。

 プロレス技のフランケン・シュタイナーの要領で、足を絡ませたまま大きくカラダをねじった。オトコの頭が固い床に叩きつけられるよりも前に、鈍い音が辺りに響く。途端にアタシの両足の間の頭が、普通ならアリエナイ方向にがくりと曲がって、首の骨が折れてコト切れたって教えてくれる。

 もうちょっとアタシを楽しませてくれたってイイのに。テレビや映画のヒーローだって、いっつもカンタンに怪人を倒してばっかりだったら視聴者のオコサマも飽きちゃうよ。

 アタシってオコサマ番組のヒーローには向いてナイ人材なのかにゃー、なんてコトを考えながら反動を利用したジャンプで地面に降りる。そうしたらオトコは計ったみたいな同じタイミングで、薄く開いたクチの端から唾液をダラダラとしたたらせて前のめりに倒れてった。それこそヒーロー番組なら倒された怪人がドーンって爆発しそうなカンジ。

「これでオシマイ、っと」

 ちらりとドアの方を確認しても、騒ぎを聞きつけたりしたお仲間さんが助っ人に駆けつけてくる様子もナイ。あれれ、このヒトってば人望なかったりしちゃうのかな?

 そりゃあ、アタシのターゲットになるようなのは護衛もついてない下っ端が多いし、今だってそうなんだけど。援軍が来てラウンド2ファイト、ついでに怪人が合体して巨大化しちゃってヒーローアンヘルちゃん大ピーンチ!

 ごめんウソ。アタシは早く帰りたいんです。

 我ながら鮮やかなお手並みをホレボレと思い返して、アシがついちゃうような忘れ物落し物をしてナイかのチェックをはじめて気がついた。

「やっちゃったなあ」

 足をほどくトキに失敗しちゃったみたい。唾液がついたフトモモの内側を手にはめた革のグローブでゴシゴシこする。もちろん唾液はアタシのじゃナイよ。大した見せ場がナイまま負けた、名もなき怪人オトコのものです。

 最初のうちは唾液とか鼻水とか、もっとひどいと吐瀉物とか、内モモによくつけちゃってた。

 やっぱり他人の……それもオジサンの体液がつくなんて汚いし、ナイフで首の頸動脈を一息にスパッとやっちゃうのが早くてスマートって思わないでもナイけどさ。

 アタシに与えられたいちばんの武器は、オトナのオトコの首の骨だろうと容赦なくねじ折っちゃう脚で。それはとてもオンナノコらしくナイけど、アタシはそれでいっかなあなんて思ってる。

 だってさ、その方が“アタシが殺した”って実感があるから。

 そのヒトがアタシの恨みを買うようなコトをしたワケじゃナイ。初対面で、会ったらすぐに永遠のサヨウナラ。誰が悪いのか、なんてアタシには関係ナイ。“カミサマ”の気に入らないニンゲンだから、理由なんてたったそれだけ。それでも“カミサマ”が決めた理由だから、それだけでもジューブンすぎるくらいちゃんとした理由。

 誰かに背中を押されたのだとしても、殺したのは、他の誰でもないアタシ。その現実からは目を背けちゃイケナイ気がするんだ。

 ナンでって、それこそアタシが“生きている”証って言うのかな。


 アタシ、天使。

 カミサマ……何て言うと調子に乗っちゃいそうな、いいトシしてカミサマ志願なオジサマの元で、ヒトの命をただ狩るコトが仕事です。




 組織に戻ったアタシは、任務の報告もしないで地下の研究施設に向かった。

 ちゃんと帰ってきたってコトは任務が上手くいったってコトなんだし、ナニかトラブルやミスがあったワケでもナイし。K9999がいなくなってから、アタシはさらに不マジメな戦闘員になったけれど、今のトコロやるべきコトをきっちり全部やってる手前、かろうじて見逃してもらえてるんじゃナイかな。

 ドアのすぐ横にあるスイッチを押して部屋の照明を落とす。たとえ暗くしたって見ないフリしたって目を背けたって、部屋のナカにあるモノはナニも変わりやしないのにね。イミがナイ、あまりにもムダで細やかな抵抗に我ながら苦笑いがこぼれた。

 薄暗い部屋の真ん中でぼんやりと浮かび上がる、大きなカプセルに音もなく近寄る。

 ひんやりとしたガラス張りのドームに手をついて、それから添い寝するようにカラダ全体で覆い被さった。強く押し当てた耳に意識を集中すれば、心音代わりに水のたゆたう音が聞こえる。良かった。装置が止められてナイってコトは今もまだ、生きてるんだ。

 心を失くしても、生きてる。

 ……この状態を生きてるって言ってイイの?

 生きるって一体どういうコトなのとか自問したって、答えが見つかるワケもなくって。代わりに“生きていた”頃の思い出が次々と、スライドショーみたいにアタシのナカを駆け抜けてく。

 オトコのクセにガリガリだったけど、いつも不満げなしかめっ面でとにかくえらそうで、すぐムキになって大人気なくって……そんなトコロがアタシはスキだった。

 壊れそうになったら、その前にアタシをアンタの手で壊しちゃってよって、そう言ったのに。

 笑ったから、約束してくれたんだって、そう思ってたのに。

 ウソつき、だなあ。

 調整槽に深く背中を預けて、ずるずるとくずれ落ちる。背後のK9999と同じように、ヒザを抱えて胎児のようにカラダを丸めた。

 ホントなら、こんな場所にもう用なんかナイし、晴れてお役ゴメンな自由の身になったも同然だけど、アタシが選んだのは組織に残るコトだった。

 一人でこの先どうやって生きてくのか、そんな分かりやすくって現実的で大きな理由もあるコトは否定しないし、するつもりもナイ。でも、どうしても置いてけナイんだもん、こんなのって人質を取られてるのとほとんど同じだよ。

 K9999がいない“外の世界”に、ナニがあるの。

 都合良く目を覚まして都合良くアタシを見つけて、都合良くアタシを迎えにきてくれるの。

 それとも都合良く他の誰かを好きになって、都合良くK9999を忘れられるの。

 ありえなさすぎて笑っちゃうような空想を抱けるほどアタシは都合良くもナイから。だったら手が離れない近くで生きてくしかナイじゃない。

 形はどうであれ“結果”を出して“役目”を終えたハズのK9999は、とっくに自我どころか意識も失くした今ですらまだ、組織が繰り返す実験のモルモットにされてる。失敗作の多い……って言うか、そもそもこの組織が単独で成功した例をアタシはほとんど知らない……K型兵器のナカでは割と完成型に近かったし、K9999のデータは貴重な成果を示す資料であるコトは変わらないんだと思う。

 目を閉じて思うコトはいつも一緒。

 ナンでアタシは救えなかったんだろう。

 壊れそうになってたのを、アタシの手で壊せなかったんだろう。壊せるチカラなんか持ってるのに。

 “あの日”アタシは、成り行きを見てるだけで何もできなかった。

 救う為に壊すコトも救われる為に壊されるコトも、何も……してあげられなかった。

 だけどそのクセ、いつかK9999が目を覚ましてアタシのコトをまた見てくれるって、そんな都合の良いコトは夢見てる。

 そんなの自分勝手すぎるよね。アタシだって分かってるよ。でもそう思うコトが、アタシが生きる最後の砦だから。ささやかな希望くらい持ってたってイイでしょ?



 アタシ、天使。

 大事だと思った命を救えナイ、ヒトの命を奪うだけの、作りモノの、天使。

END


何だか久々の更新すぎて、ここに何書けばいいんだろうとか思ったりもしますが。

そして久々の更新が、こんな楽しくない話でいいのかと思ったりもしますが。

アン9やっぱり大好きです。


20110917 UP






 

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