午前2時の迷宮





 自分は組織にとって、すでに捨て駒と判断されたことに気がついたのは、調整槽と呼ばれる水槽の中に戻ってしばらく経ってからのことだった。



 特に何をされたのでもない、けれどただ1人の男が憎くて不愉快で仕方なく、2回目の参戦となるKOFもたったひとつの目的の為だけに動いていた。

 その数日前から、身体がどこかおかしかったように思う。たとえるなら四肢に鉛の塊をつけた状態で暗く深い海の底を歩いているような、鈍くて重い感覚。自分の身体でありながら自分の意思のままに動かせない、そんなもどかしさが常にまとわりついていた。

 理不尽な現実に翻弄され、数え切れないほどに辛酸を舐めさせられ続けた彼の人生において初めての、唯一の理解者と言える存在の少女は顔を合わせる度にKOFに出るのはやめようと言った。

 だが、心配してくれていたのであろう彼女の言葉は何ひとつとして彼に届かずに結果、最悪の事態を迎えた。

 与えられた力は制御しきれずに暴走をはじめ、宿主である彼の身体を侵食する。どす黒く変色した左腕は巨大なまでに膨れあがり、醜く浮き上がった血管が金属製のコードに変化しては行き場を求めて龍さながらにうねり、のたうった末に弾け飛ぶ。

 どうしていつも……自分だけが。

 意識を失う間際のほんの一瞬に見えた、憎んでも憎み足りない男の顔は力に取り込まれる彼を憐れむような蔑むような、複雑な表情をしていた気がした。



 それからどれくらい月日が流れたのだろう。

 おそらく組織の手で回収された彼は、当然のように調整槽に押し込められた。

 憎悪、そして力と生への執着が調整槽の中に存在し、彼を苛む。ノイズだらけの世界には時折、研究員のものと思しき声が聞こえ、聞き覚えのある金属音と計測音がさらなるノイズを生んだ。断片化されたそれらによると、組織は彼の失敗データを基に新しい被験者を手に入れ、次のプロジェクトを進行しているようだった。

 しかし、そんなことは彼にはどうでもいい話だ。

 彼は完全に失敗作の烙印を押され、組織から……世界から廃棄されようとしている。その事実には何ら変わりがないのだから。



「アタシはまた、あのメンドクサイ大会に出ることになっちゃったけど。……優勝して帰ってきて、絶対にアンタを自由にさせてあげるからね」

 らしくない、決意に駆られた少女の声が遠い場所から届く。

 それは幻聴なのか、それとも……。

(……遅えんだよアンヘル)

 彼女には聞こえないと分かっていても心の中で毒づき、調整槽の向こうに意識を向ける。

 もう細胞レベルまで限界を迎えつつある彼の身体は、その身体を包む液体といつ同化してもおかしくない状態だった。

 いくら組織の下っ端であろうと、それを知らぬ彼女ではないだろう。

 けれど。

(……ったく、泣くなよバカ。それじゃ俺が悪いみてえだろ)

 自分を見捨てた世界に最後まで残った彼女の為にもう少しだけ、この出口の見えない迷宮の出口を求めて1人さまよってみてもいいのかもしれない。

END



「アンインストール」の頃に書きたかった話に再チャレンジしてみたものの、またしても玉砕感がががが。ホントはネームレスとのやりとりも入れたかったんですが、上手くつながりそうもないのでやめました。

ネームレスはそもそも、公式と対戦動画でしか見たことがないことに問題があるのかもしれません。

K9999とネームレスのやりとりはいつになったら書けるのやら、しばらくの課題になりそうです。


20100512 UP






 

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 NOVEL / KQ 



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