1/2 


さくちゃん、朔ちゃーん!」

待ち合わせ場所に向かう途中、遠くから嬉しそうに両手を振るその姿を見て、条件反射的に「げっ」という声が洩れた。
周囲から向けられる視線に居たたまれなくなって足早にその場を離れようとする俺の元に小走りで駆け寄ってくる。

「朔ちゃん遅いよ、待ちくたびれたよ」
「お前が早ぇーんだよ! あと、大声で名前呼ぶのやめろっていつも言ってんだろ」
「あはは、ごめんごめん。朔ちゃんとデートできるなんて嬉しくて舞い上がっちゃった」
「〜〜ッ、だから! デートとかそういうの人前で平然とっ…!」
「あぁぁっごめん。気を付けるから。怒らないでっ、ね? 機嫌直して、朔ちゃん」

…ほんっとに、コイツは。
昔からこの調子で微塵も成長を感じられない。
生まれた時から家族ぐるみの付き合いで育ってきた俺となぎさ。一生幼馴染だと思っていた渚といわゆる恋人という関係になったのは、高校を卒業し、初めて互いが離れ離れになる新生活が始まったつい一ヶ月前の出来事だった。俺は地元の工業大学へ、渚は少し離れた隣県の芸術大学へ進学した。

「朔ちゃん、ちょっと痩せた? 背伸びた?」
「伸びるかよ。嫌味か」

小、中、高と俺はこいつの身長を超えられたことがない。わずかだった差はいつしか頭一つ分の差まで広がっていた。

「つーか、たった3週間会ってなかっただけだろ。3年ぶりに会った親戚のジジィみたいな言い方すんな」
「俺にとって朔ちゃんに会えない3週間は3年分に値するよ。朔ちゃんは寂しくなかったの?」
「俺は別に…、あー…いや、まあ、お前がいないと静かだなぁとは思うけど」

それくらいは言っておかないと、こいつ意外とすぐ拗ねるんだよな。ふと懐かしさが蘇ってくる。
渚の好意は昔からあからさまだった。男が男を好きになるのが普通ではないことだと気付く前から、なんなら幼稚園の頃にはすでに俺にベッタリで、可愛い女の子には見向きすらしなかった。中学、高校と上がるにつれてその好意は男が女に向けるそれと同じものになっていき、高校の卒業式の日、俺は渚の告白を受け入れた。
俺は男だろうが女だろうが、恋愛そのものに興味はない。だからどうでもよかった。ただあの日、渚が悲しむ顔は見たくないと思ってしまった。幼馴染から恋人へと肩書きが変わるくらいどうってことない。そう思って渚を受け入れた。
……それが間違いだったのか。

「朔ちゃん、手繋ご? 俺たち恋人でしょ?」
「はぁっ!?」

調子に乗るとすぐこれだ。しおらしさなんてありゃしない。
俺は渚と違って人並みに他人の目も気にするし、公衆の面前で恋人とイチャつく奴らの気が知れない。

「な、なぁお前、どっか行きたいとこでもあんの?」

繋ごうとする渚の手をさりげなく交わして歩き出すと、渚は大人しく手を引っ込めて隣をついて歩く。

「ううん、朔ちゃんと一緒だったらどこでもいいよ。朔ちゃんは? 観たい映画があるって言ってなかった?」
「あー、あれはもう観た。先週、大学のダチと」
「……ふーん」

ほらな、すぐ拗ねる。こういうとこが面倒くせえって思うけど、渚のヤキモチなんてたいてい想定の範囲内だ。

「行きたいとこねーなら、俺ん家来いよ」
「えっ? 朔ちゃんち、行っていいの!?」

渚の表情が一変してパッと明るくなる。もしこいつに尻尾が生えてたら、間違いなく今ブンブン振り回してる反応だ。

「一人暮らし始めたって話したろ。アパート、すぐそこだから」
「でも朔ちゃん、絶対誰も招かないって言ってたじゃん」
「渚は別だろーが。…ただのダチじゃねえんだから」

こんな公衆の面前で手を繋ごうとしたり甘ったるい面をされるくらいなら、家の中に閉じ込めておいたほうがマシだ。その程度の浅はかな誘いだった。
まさかこいつが襲い掛かってくるなんて。飼い犬が飼い主に噛みつくなんて、誰が想像するもんか。

  次→

[ BACK ] [ TOP ]
▼作品を気に入ったら


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -