第2章・4−2 

 私が昇降口で、ローファーからうわばきに履き替えているとき。
「笹さん!」
 背後から、あせったような声で呼び止められた。耳に馴染みのある男子の声。
「青地くん?」
 声から連想した人物の名前を口にしながら、私は勢いよく振り返る。
 案の定、青地くんが私に歩み寄ってくるところだった。ほんわかとした雰囲気のエプロンを着けた青地くんはまるで保父さんのようだった。妙に桜色が似合っている。

「笹さんはこれから休憩?」
 青地くんは私の横に並びながら、にこにこと問いかけてきた。
 首にかけたタオルで顔周りの汗を拭っている姿は、スポーツ選手みたいでかっこよかった。
 青地くんは顔立ちこそやさしげだけれど、長身で引き締まった体つきはとても男らしくて、人目を惹きつけるのだ。
 別に、私は青地くんを特別意識しているわけではない。でも、青地くんが隣に立っていても、悪い気はまったくしなかった。

「うん、さっき芽衣子と交代したの。青地くんもお昼から自由行動?」
 さっきまで鉄板と格闘していたような風体の青地くんを眺めながら、私は笑顔で問い返した。
 おそらく、青地くんは私が中庭を離れるのを見て、いそいで後を追ってきたのだろう。私の自意識過剰かもしれないけれど。
 でも、私とふたりきりで会話する青地くんは、むやみやたらにうれしそうだ。もし、青地くんのお尻に犬のしっぽがついていたら、たぶん、ちぎれそうなほど高速でしっぽを振っているだろう。

 私の勝手な妄想をしってかしらぬか、青地くんは「うん、うん」と大きく二回うなずく。
「そうだよ、でも、もう今日の調理当番は終わり。陽太郎はこれからの時間、鉄板当番になるみたいだけど……」
 陽太郎と文化祭を回れないことなんて、さもどうでもよさそうな表情で、青地くんは陽太郎情報を提供してくれた。
 私にとっても陽太郎はすごくどうでもいいから、「それは残念ね」とてきとうに流しておいた。

「町田さんとか山科さんも、これからの時間帯、うどん屋の当番だったよね」
 青地くんはさりげなく靴を履き替えながら、私がよくつるんでいる女子の名前を挙げて確認してきた。
 私は「よく知ってるねぇ」と返しながら、青地くんの顔を二度見する。
 ……もしかすると、私が午後から個人行動することを、青地くんはあらかじめ把握していたのではないだろうか。
 青地くんはのどかでどこか抜けていそうな雰囲気だけれど、なかなか用意周到だ。成績優秀だから、きっと、頭そのものの回転も早いのだろう。

「ねえ、笹さんは午後からヒマ?」
 青地くんは人のいい笑みを浮かべながら、私に問いかけてきた。きらきらとした両目で顔をのぞきこまれて、私はうっかり「うん、わりと……」と正直に答えてしまった。
 青地くんの押しは、まったく強くないけれど、期待と好意に満ちた視線を向けられると、なんだかウソをつけなくなってしまう。
 もしかしたら、私は青地くんみたいなタイプの男子が苦手なのかもしれない。いや、青地くんと話していて、いやな気はしないのだけれど……。
 青地くんはたじろぐ私にあえて気づいてないふりをしているのか、それとも本当に気づいていないのか、満足気にますます表情をゆるめる。

「さすがにひとりじゃ文化祭は楽しめないよね」
 悪意のいっさいない朗らかな表情で、青地くんは城戸とその同類にとっては残酷な真実を言い放った。
「俺といっしょにあちこち回ってくれないかな?」
 青地くんのストレートなお誘いに、私は目を丸くする。青地くんはおっとりとしていそうに見えて、積極的な上に行動力にもあふれているらしい。
 天然にしろ、計算にしろ、私に対する好意をまったく隠そうとしない青地くんは、ある意味大物なのかもしれなかった。
 気がつくと、私は「もちろんいいよ」とうなずいていた。
 別に、青地くんと連れ立って、文化祭を見て回りたかったわけではない。ただ単に、断る理由がなかっただけだ。不誠実なような気もするけれど、私と青地くんはただのクラスメイト同士だ。

「あー、でも、一時ごろからでいい? ちょっと野暮用があって……」
 私は壁にかかった時計をチラ見しながら、青地くんに訊いてみた。
 現時刻は十二時半。三十分間くらい、城戸にちょっかいを出してこようと思う。あまり長い時間城戸につきまとったら、取り返しがつかないくらい嫌われてしまうかもしれないから、ほどほどで青地くんのところに行ったほうがいいはずだ。
「うん、もちろんいいよ」
 青地くんは気立てのよさが前面に表れている笑みを浮かべながら、朗らかに首肯してくれた。
 表情にはかげりなんてまったくない。でも、むやみやたらに明るすぎる表情が、かえって不自然だった。
 なんとなく、私が城戸の元に向かおうとしていることに、青地くんも勘づいているような気がする。

「それじゃあ、用事がすんだらメールか電話でもするね」
 私はエプロンのポケットから携帯電話を取り出し、文化祭中も携帯電話を持ち歩いていることを青地くんに示した。
「気長に待ってるよ」
 青地くんもズボンのポケットから携帯電話を引っぱり出して、耳に当てる仕草をする。
 私は「またあとで会おうね」とだけ青地くんに伝え、校舎の奥へと進んでいった。

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