第2章・4−1 

 九月最後の金曜日。
 城戸をどうやって追いこもうか考えているうちに、いつの間にか迎えていた文化祭一日目。

 文化祭での私たちのクラスの出しものは、焼きうどん屋だった。
 私は屋外のイベントテントの下に設置された長机とパイプ椅子に腰かけ、お客さんから金券を受け取る係をやっていた。
 金券の枚数を記録する帳簿に、私のあごを伝って汗のしずくが落ちる。
 私は額に浮かんだ汗をブラウスの肩口でぬぐいながら、目の前に広がる緑の中庭を見渡した。
 真夏に比べれば暑さもいくらかやわらいだものの、空は見事に晴れていて、正午の太陽は容赦なく中庭を照りつていける。おまけに、背後では男子たちが鉄板でじゅーじゅーと激しく狂おしくうどんを焼いているものだから、いろんな意味で熱気がひどい。

 私はげんなりとしながらも視線を手元に戻し、黙々と金券を数えた。
 流れてきた汗が目に染みる。ていねいに塗った透明マスカラも、きっと汗で落ちてしまっただろう。城戸に少しでもきれいな面をつきつけるために、薄いながらも化粧をしてきたのに。
 気がつくと、いつもは伸び気味な背筋が、ネコのように丸まっていた。
 このまま机に突っ伏してしまいたい。熱中症になったと勘違いされてしまいそうだから、実行には移さないけれど。

 私は文化祭でもひとりぼっちだと思しき城戸の顔を脳裏に描き、なんとかテンションを保つ。
 青春大爆発な二日間を、城戸はどうやってしのぐのだろうか。
 図書館は開いていないし、美術室はなぜか他校生の合コン会場になるのが恒例だ。文化祭中は、学校内に城戸の居場所なんてないはず。
 プライドの高そうな城戸が、二日連続でぼっち姿を晒し続けることに、果たして耐えられるのだろうか。
 余計なお世話だとわかっていながらも、城戸の身を案じてみる。
 ひとり所在なさげに廊下の奥にたたずむ城戸を思い描くと、忍び笑いがお腹の底のほうからわきあがってきた。城戸の蒼白な仏頂面を想像しているだけで、段々愉快な気持ちになってきた。

「笹ぁ、受付交代するよー」
 にやけてしまいそうになるのを必死にこらえていると、わきのほうから間延びした女子の声が聞こえてきた。
 金券の束と帳簿から顔をあげると、長い髪を耳の下でふたつに結んだ女子生徒が、長机に両手をついて私を見下ろしていた。
 私と同じクラスで、だいたいいつもいっしょにいる山科芽衣子(やましなめいこ)だ。
 クセのない顔立ちで、少女漫画の自称「平凡な主人公」は、きっとこんな感じの顔なのだろうと常々から思っている。

 私は芽衣子のおさげ髪をひっぱりながら、パイプ椅子から腰を上げた。
 芽衣子が「頭抜けるー!」などとわめいているけれど、きっと気のせいだ。
「ありがと、適当にお昼食べてくるね」
 私は芽衣子に笑いかけながら、芽衣子の肩からずれたエプロンの紐を直してやった。
 ファンシーなクマとウサギがプリントされた桜色のエプロンは、クラスTシャツの代わりにクラスメイトが考案した「クラスエプロン」だ。
 お腹のポケット部分にさりげなく「2−C」と印刷されていて、同じクラスの生徒たちはみんな制服の上にエプロンをかぶっている。
 どちらかといえば男らしいイメージの焼きうどん屋をやるのに、なんでメルヘンな色とデザインのエプロンにしたのかは不明だ。


「もしかして、城戸くんのところに行くの?」
 芽衣子はさっきまで私が座っていたパイプ椅子に腰を落としながら、のんびりとした口調で訊いてきた。長机に頬杖をついて、薄気味悪いほどきらきらとして目で私を見上げてくる。
 私は芽衣子から目をそらし、小さく肩をすくめる。正直に答えるのがいやだな、と少しだけ思ってしまった。
 芽衣子は少女漫画と乙女ゲームと他人の色恋沙汰が大好きらしい。
 城戸にちょっかいを出す私から、「城戸くんのどこがいいの?」「顔? 確かにわりときれいだけど、あの人と会話って成立するの? え、しないの?」「やっぱ城戸くんってコミュ障なんだ!」と、根堀り葉堀り情報を訊き出そうとしてくる。
 今のところは鬱陶しいだけで無害だけれど、そのうち茶々を入れてくるに違いない。

「行かないわけないでしょ。なんでそんなわかりきってることをわざわざ質問するの?」
 私は鼻で軽く笑いながら、すばやく芽衣子のつむじを押した。相手を牽制するために、ちょっかいを出さざるをえないのだ。
「ぎゃああああ下痢になるうううううう」
 芽衣子はおよそ女子らしくない叫びを上げながら、私の手を払いのけた。
 どうでもいいけれど、つむじにあるツボを三回押すと下痢になるという都市伝説は本当なのだろうか。
「あ、でも、便秘気味だから別にいいかぁ」
 はっとした表情でぽんと手を打った芽衣子を放置して、私は校舎を目指し足早に歩き出した。

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