第2章・2−3
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青地くんは面食らったように、私をじっと見上げてきた。ほんの一瞬だけ、眉が下がって表情がくもったような気がしたけれど、目の錯覚だろうか。
「城戸って……。城戸冬真? F組の?」
戸惑いを隠し切れない声音で、青地くんは私に確認してきた。
すんなりと城戸のフルネームとクラスが出てきたあたり、少なくとも青地くんは城戸の基礎知識を持ち合わせているらしい。
陽太郎による「青地くんは城戸と知り合い」という情報は、ガセではなかったようだ。
私は壁に寄りかかって長話をする体勢をとり、ヘソのあたりで軽く手を組んだ。体重を壁に預けながら、青地くんに視線を向けた。
「そう、眼鏡の図書委員の城戸。最近は眼鏡やめたらしいけどね」
「そういえば、さっき見かけたとき、眼鏡かけていなかったような……」
青地くんはひとりごとのようにつぶやいた。なにやら思案顔で顎をいじっている。視線は私ではなく、前方の床に向けられていた。
「昨日、陽太郎に『城戸のことなら青地くんに訊けばいい』って無責任なアドバイスをもらったんだけど……青地くんは城戸とどんな関係なの?」
イマイチ反応の鈍い青地くんに対して、私はどんどん話を進めていこうとした。
私は決してせっかちでも、押しが強いわけではない。けれど、どこか煮え切らない態度の青地くんにペースを合わせていたら、話が核心に差しかかる前に昼休みが終わってしまいそうな気がしたのだ。
青地くんは私が質問してから一拍置いて、「ああ」とうなずいた。
「城戸とは小学校と中学の同級生だよ」
短く答えた後に、口元を緩める。
「同じ中学から高校に行ったヤツが城戸だけだったから、廊下で見かけるたびにちょくちょく話しかけてるんだけど……。いつも嫌そうな顔をされるんだよね……」
少しだけ哀愁の漂う笑顔で、青地くんは付けたした。
私は意外さに目を瞬かせる。
城戸は青地くんにもそっけない態度をとっているらしい。私相手にツンケンとしているのと同じような態度で、青地くんを拒んでいるのだろうか。
菩薩のような青地くんをも邪険に扱うだなんて、城戸はちょっとどうかしている。基本的に空気を読まない私でさえ、青地くんには心を配っているのに。
「笹さんはどうして城戸のこと気になってるの?」
青地くんは控えめな語調で私に訊いてきた。どこか納得がいかなそうな顔をしていた。
城戸は対人能力に難があるようだから、青地くんが「なんで城戸なのか」と思う気持ちはよくわかる。
「顔が好みだから」
私は即座に常識の範疇にある回答をした。
「城戸みたいな高圧的な男子を屈服させたいから」だなんて、良心の塊みたいな青地くんには口が裂けても言えない。
城戸の見た目に魅力を感じているのは、あながち嘘でもないし。
青地くんは「あー……」と合点がいったように、頬をぽりぽりと掻いた。「顔……顔かぁ」と考えあぐねるように、私の発言を反芻している。
「城戸くん、よく見るとかっこいいよね。めちゃくちゃ性格きつそうだけど」
男好き疑惑のある陽太郎が、すかさず私と青地くんの会話に割りこんできた。妙にテンションの低い青地くんとは違って、どことなく楽しげな様子だった。顔がニヤついている。
私は陽太郎に冷めた目を向けた。
「陽太郎……城戸を狙ってんの?」
ドン引きしたような口調で陽太郎に問うと、陽太郎は拳で机を力強く叩きつけた。
「んなわけないじゃん! 俺は笹ちゃんと覚くんとまーくんさえいれは、それで人生満足だよ!」
さりげなく覚くん以外の友だちに失礼な台詞を、陽太郎は私に叩きつけてきた。
私は「ふぅん」と含み笑いを浮かべる。
「で、だれが本命? それとも三股かけるつもりなの? 私のまーくんにも手を出すとか、もしかして姉弟丼とか夢見てたりするの?」
私が畳みかけるように陽太郎に問いかけると、陽太郎も負けじと私に満面の笑みを返してきた。
「ゲスにも程があるよ笹ちゃん。こんなのが幼なじみとか、ほんと気持ち悪いね」
「私も同感だわ、陽太郎ってば、まーくんに排泄物系のエロ漫画貸しちゃうし……」
私がしたり顔でうなずいていると、陽太郎は「うわああああああなんで笹ちゃんが知ってるのおおおおお」と喚きながら、顔を両手で覆い隠した。
よく引き締まった身体を左右上下に振り回し、悶え苦しんでいる。恋する乙女っぽい動作だけれど、顔が見えないと、陽太郎は全然かわいくないことが判明した。
私は青地くんに視線を移す。
青地くんはきょとんとした表情で、陽太郎の奇妙な動きを見つめていた。なんで陽太郎が恥ずかしがっているのか、よくわかっていない様子だ。
たぶんだけれど、、青地くんには変態性癖関連の知識がまったくないらしい。万が一、あえてぽかんとしたフリをしているのなら、相当なむっつりスケベだと思うけれど。