第2章・2−2
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たっぷり数十秒経過してから、ようやく青地くんの視線が私に定まる。
陽太郎のように私を塵と認識できるようになったのか、青地くんは幾分か落ち着いた表情になっていた。つまり、いつもの青地くんに戻っていた。
なんで、青地くんはさっきまであんなに狼狽していたのだろかう。
「しゃ……じゃなくて、笹さん」
青地くんは気を取り直して、正しい発音で私の苗字を声に出した。
私は「うん?」と小さな動作で首を傾げる。
途端、青地くんはまるで春が訪れたかのように、ぱぁっと顔をほころばせた。
「俺に話があるんだよね? あのさ、今なら時間あるから大丈夫だよ」
どうやら、青地くんは呆けながらも、私の問をきちんと聞いていたようだ。
私は感心しながら、「え、ホントに? ありがとう」と答えた。くちびるが穏やかな弧を描く用にていねいに口の端をつり上げて、にっこりとほほえみ返す。
城戸と対峙しているときとは別の意味で、気を抜けなかった。
青地くんはどこぞの陽太郎とは違って善意の塊だから、相手を傷つけてしまわないよう、この私でもつい気をつかってしまうのだ。ただ単に、青地くんとはそこまで親しくないからかもしれないけれど。
そんな私の内面を知ってか知らずか、青地くんは照れたように頭を掻いた。
どうして青地くんは、うれしそうな表情をしているのだろう。ちょうど、陽太郎の顔に見飽きていたところだったのか。
「もしかして、この間のテストでなにかわからないところでもあったの? なんでも俺に訊いてよ、全力で答えさせてもらうから」
青地くんは四月の日差しのような笑みを浮かべながら、私におっとりと語りかけてきた。
邪気がないどころか、天使、あるいは神さまのようなやさしさや慈愛に満ちている笑顔。淡い笑なのに、ふわっと身体全体を包みこむような温かさがある。
青地くんの屈託のない表情に、私は猛烈にこそばがゆさを覚えた。
「なんでも訊いていい」という青地くんの言葉は、とてもありがたかった。
でも、他人にていねいに扱われると、なんだか胸がそわそわしてしまう。心地よい気分になれるのに、どこか落ち着かない。
たぶん、私が他人の厚意に慣れていないからだ。
私は他人から悪意を向けられても、なんとも思わない。なのに、他人の善意にはどう反応していいのか、よくわからないのだ。
とりあえず、普段は笑顔でごまかしているけれど……。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
青地くんの細められた両目と視線を合わせながら、私は自然な調子で本題に切り出す。
「城戸のこと、なんでもいいから教えてほしいの」
私の言葉に、青地くんの目が一気に開いた。城戸の名前に明らかに反応している。
「私ね、ちょっと、城戸のことが気になっていて……」
青地くんの表情の変化には気づいていないふりをして、私は頼みごとの事情まで一気に喋った。
どうせ後で、発言の背景については必ず訊かれるだろうし。それに、あらかじめ今回の件のあらましを知っていたほうが、青地くんも多少はリアクションが取りやすくなるはずだ。