第2章・1−10
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私は「……それで?」と、短い言葉で話の続きを促した。
百崎には興味がない。けれど、なんで陽太郎が私にわざわざ百崎の話をするのか、少しだけ気になっていた。
世間話の内容を逐一私に報告するほど、最近の陽太郎は私にべったりでもない。
私が訝りながらたたずんでいると、陽太郎は二、三度大きくまばたきをした。一度大きく息を吸い、わざとらしい「間」を作ってから、再び口を開く。
「笹ちゃん、F組で城戸くんって人と口論したらしいね。百崎くん、すごくびっくりしてたよ」
陽太郎の口から「城戸」という言葉が飛び出してきて、私は内心ギクッとした。もちろん、動揺は表情に出さない。
「あー、百崎に見られてたのかぁ……」
昼休みにF組で百崎とすれ違ったことを思いだし、私は間のびした声で陽太郎に返した。
百崎は陽太郎との世間話の話題に、わざわざ私と城戸との口論を選ぶだなんて。よっぽど強烈に、昼休みの城戸との会話は百崎の印象に残ってしまったのだろうか。
他のクラスで悪目立ちし過ぎちゃったなぁと、今さらになってほんのりと後悔し始めた。城戸にかける言葉を、もうちょっとソフトにするべきだった。
「ねぇ、笹ちゃん。いったいF組でなにしてたわけ? ていうか、城戸くんって人とはどんな関係なの?」
先程の穏やかな口調とは打って変わって、陽太郎は私を責めるようなやや強い語調で、言葉を続けた。
じっと私を見据える陽太郎の目は輝いているのに、どこか真摯でもあった。好奇心と心配が入り混じっているようだ。
私は空いていた両腕を組んで、「うーん……」と唸る。
なんで私がわざわざF組を訪れ、城戸にケンカを売ったのか、陽太郎にどう説明しようか。
私が城戸に目をつけた理由を説明するためには、私の奇特な野望や性癖もいっしょに明かさなければいけないのだ。
別に、陽太郎に私の性癖を打ち明けるのが嫌なわけではない。だた、話せば長くなってしまうから、言葉にするのがひたすら億劫だった。
「口論はしてないよ。ただ、城戸を怒らせちゃっただけ」
とりあえず、私は事件の背景を語らずに、百崎から陽太郎に伝わった情報の訂正をした。
陽太郎は合点がいかないような面持ちで首をかしげる。
「どうして他のクラスの男子と口げんかになったんだか……」
もっともなツッコミだ、と私は胸のうちでうなずいた。
陽太郎は疑うような目つきで、私の顔をじっと覗きこんできた。
「笹ちゃんのことだから、わざと相手を怒らせたんじゃないの?」
「ご名答。おめでとう陽太郎、よくわかったねぇ」
私はあっさりと、なごやかな声調で陽太郎の言葉を肯定した。
付き合いが長いせいか、陽太郎は私の行動パターンを十分すぎるほど把握している。否定したところで、すぐにウソだとバレる光景は目に見えていた。
そもそも、今ここで陽太郎にウソをつく必要性が、まったく感じられない。
「さすが陽太郎、私の一番の理解者だわぁ」
「うん、虫酸が走るね」
陽太郎はにこにことほがらかな笑みを浮かべてうなずいた。
自然に悪態をつくけれど、しかもわりと本音っぽいけれど、陽太郎は顔立ちにも態度にもにかわいげがある。おかげで、どこか憎めなかった。
「で、城戸くんとの関係は?」
陽太郎は薄い笑みを浮かべたまま、私を追及してきた。態度は穏やかなのに、声には有無を言わせない響きがあった。
私は「うーん」と小首をかしげた。さて、なんて答えようか。
「城戸は私と同じ図書委員なんだけど……ちょっと気になってる」
数秒考えた後、私はきわめて無難な返答をした。まったくもってウソではない。
陽太郎は釈然としない表情で、「笹ちゃんがふつうの女子高生っぽい……」とこぼした。
相変わらずさりげなく失礼な人だ。「だよねぇ」と同意してしまう私も私だけれど。
陽太郎はあからさまに戸惑っていたけれど、すぐに気を取りなおしたらしく、胸の前でぐっとこぶしを握った。
「いや、でも、ふつうの女子高生は、気になる相手をわざと怒らせたりはしないよね!」
「陽太郎、『ふつうの女子高生』と会話したことあるの?」
「うっさい貧乳」
いやらしい質問をした私を、陽太郎はたった一言でばっさりと切り捨てた。
私を見下したように舌を出した陽太郎は、小さな子どものようでなかなかかわいかった。身体つきはほとんど大人と変わらないどころか、少々ゴツイけれど。