第1章・2−3 

 城戸は困惑したように眉間にしわを寄せて、私の持っている商品券をじっと見つめていた。目線も腕も、まったく動かない。つまり、商品券を受け取ろうとする気配がない。
「……どうしたの?」
 しびれを切らした私は、おずおずと城戸に問いかけてみた。
 城戸はゆっくりと顔を上げて、私を見る。温度の低い瞳が、私に向けられた。
「いらない」
 城戸は強い口調で、きっぱりと言い切った。
 私は「は?」とやや険悪な声をあげてしまった。別に、気分を害したわけではないけれど。今の私の気持ちは、イラ立ちではなく、狼狽のほうがはるかに強かった。

 商品券を突きつけたまま、私は城戸に詰め寄った。
「なんで? なんの変哲もない商品券だよ? 別に覚せい剤とか、そういうヤバいものが入ってるわけじゃないんだからさぁ。他人の好意はおとなしく受け取っておきなよ。というか使わないから受け取って、私が持ってても意味ないから」
 私が畳みかけるように言葉を重ねると、城戸はうるさそうに顔をしかめた。
「やだよ。あんた、なに企んでるかわからないし。それに、コンタクトに切り替えたから、もう眼鏡はいらない」
 断固として城戸は商品券を引き取ろうとしなかった。商品券を押し付けようとしている私に、辟易としている様子だった。

「今さら脱眼鏡……遅い高校デビュー……」
 私はドン引きしたふりをしながら、相手をおちょくってみた。押してダメなら、相手を煽ってみるしかない。
 城戸は「うっさいな」と片眉をつり上げる。
 けれども、私が軽く挑発しただけでは、城戸は商品券に手を伸ばさなかった。イライラとはしているようだけれど、城戸は相変わらず冷静だった。
 この調子だと、城戸に商品券を受け取ってもらえなさそうだ。どうにかして、商品券を押しつけないと……。

 私はいったん商品券を取りさげた。まずは、城戸が商品券に手を付けない原因を考えなければ。
 城戸の眼鏡を壊してしまった事故について、城戸にも非があるから遠慮している……というわけでもなさそうだ。眼鏡の件について、特に言いたいことはないようだし。
 たぶん、城戸は心底私に関わりたくないと思っている。城戸の迷惑そうな表情が、なによりの証拠だ。

 相手の気持ちをおおむね理解した私は、一歩足を踏み出して城戸の手首をつかんだ。たとえ城戸が私を拒んでいても、私は城戸にもっと近づきたかった。
「おい、笹……」
「いいからいいから」
 城戸が責めるような声を上げるのを無視し、私は城戸の手に商品券の入った封筒を押しつけた。
「ほら、手切れ金ということで」
 私は城戸の手を押さえこんだまま、わざとらしく口の端をつり上げた。

 城戸に疎んじられている私が、なんで城戸に手切れ金を渡さなければいけないのか、正直よくわからなかった。
 そもそも、私には城戸との縁を切るつもりはまったくない。むしろ、城戸との縁を結びたかった。
 自分の台詞が目的とはまるっきり正反対で、思わず私は苦笑を浮かべそうになってしまう。
 どうやら私は、頑固な城戸に対してムキになっているみたいだった。
 感情に走ってもしょうがないと、頭の片隅ではきちんと理解している。けれど、一度勢いづいてしまうと、なかなか止まれなかった。

 私の行動の加速は、城戸の怒りにも火をつけたようだった。
「いらないってば!」
 城戸は荒い声をあげて、私の手を力づくで振りほどいた。私がひるんだ隙に、むりやり握らされた封筒を地面に叩きつけた。

 落下中の封筒のなかから、商品券が何枚か飛び出した。強い風が校舎裏を吹き抜け、数枚の商品券が周囲に飛ばされる。
「あ……」
 私は間の抜けた声を上げて、吹き飛ばされた商品券を急いで目で追った。
 幸運なことに、商品券はあまり遠くまで飛ばされずに済んだ。一番飛距離が大きかった商品券でも、せいぜい三メートルくらい。商品券が厚みのある上質紙で作られているおかげだろう。

 私はほっと胸をなでおろし、城戸に視線を戻した。
 城戸は不機嫌そうな顔でそっぽをむいていた。手持ち無沙汰なのか、それとも私に対して気まずさを覚えているのか、商品券を振り払うのに使った手の甲をさすっている。
「乱暴だなぁ……」
 私は呆れながら、とりあえず足元に落ちた封筒を拾った。
 封筒のなかには、まだ五枚くらい商品券が残っていた。元々十枚の商品券が入っていたから、吹き飛ばされた商品券は五枚。
 商品券は一枚で千円分の買い物ができるから、飛ばされた商品券を放置するのは少々もったいないだろう。
 私は城戸を放って、小走りで商品券を拾いに行った。さっさとしないと、商品券がまた風に飛ばされて、そのまま紛失してしまいそうな気がした。

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