ある夜の、ちょっとした出来事
ギルドから離れた、小さな一軒屋。布団に寝転がりながら、ぼんやり上を見る。夜とはいえ、室内だから当然灯りがあって明るい。
ギルドに居ないのは、居たくないからだ。自分が最強の称号を与えられてからというもの、ギルド内で誰も対等に話してくれなくなった。尊敬されて敬語を使われたり、対称的に、罵られたり。けれど、自分のギルドで対等に話す者はどうしても居なかった。
ふと、ウメのことが頭に浮かんだ。
そういえば彼――で良いのだろうか――は、最強の称号も何も無いのに対等に話してくる。対等に話しが出来るのはギルドには居ないし、強いて言うなら他のギルドの数人、それから最強の称号を持つ人だ。例外として、ウメの移動したギルド。
彼は自分と同じギルドだった。なのに対等に話してくれた。そして、ギルドが変わった今も。これだから変わり者扱いされるんだ。まったく。
僅かに口許が釣り上がる。
直後、物思いに耽るのを妨害された。
「オーレンージちゃーん、あーけーてー」
「アーランジェアです。というか、どうしてこんな時間に……」
しつこく窓をノックしてくるウメであろう人物のために、起き上がって窓を開ける。やはりウメだった。
「いやあ、ギルドに居ないんだもん。寝てなかったんだし、いいでしょ? まさかこんな処に居たなんてねー」
「今から寝るところだったんです。で、要件は何ですか?」
「あ、そうそう。今日は名月ってやつなんだけど、きみそういうの興味無さそうだから教えに来たんだよ。綺麗じゃない?」
けらけら笑いながら指差す彼。その先には月。
「……そう、ですかね?」
「きみってさー、比較的常識人だけど、やっぱりどっかズレてるよね」
「失礼な」
唐突に、何故か思いきり失礼な事を言われた。そんな事を言われるなんて心外だ。
「まーまー、冗談だよ。んじゃあ月のこと伝えたから、ぼく帰るね。みんなに怒られそうだし」
「なら早く帰ってください。そろそろ私も寝ます」
「わかったよー。あ、お土産置いてくねー」
騒がしい奴が消えた。窓を閉めて、再び布団に寝転がる。
手渡された、彼の、梅柄の巾着をかざす。なんとなく中身の予想はつく。開けるとやはり、梅の髪飾りとみかんが入っていた。
本当に彼は梅が好きだ。けれど、髪飾り? なぜ?
……とりあえず明日は、またあのギルドに行かないと。巾着返さないといけないし。