19


昨夜の予定では居酒屋にでも行こうかと話していたのだが、赤くなった目を見て心配した郁によって、ただ食事だけをして帰宅した俺はもう尋之さんのことを考えるのはこれきりにしようと、思いっきり泣いて眠ってしまった。

翌朝、スマホを見れば当たり前だけど尋之さんからの連絡は来ていなくて。

昨日で最後だと決めていたのに、早速確認してしまった自分の行動に嫌気がさす。女々しくて、未練タラタラな自分と決別しようと、連絡先を消去するためのボタンに手をかけた。
手が震えて、なかなか押せないでいると、スマホが震えてメールを知らせるタブが画面の上に表示された。

そして、突然振動したスマホに驚いた手はわずか数ミリしか離していなかったボタンに当たり、〈消去しました〉と表示された画面を呆然と眺めた。

履歴を見れば連絡先は分かるし、また登録することは造作もない。それでもそれをしようとは思えない俺は、きっとこのまま尋之さんのことを諦められるのだろう。

何かが抜け落ちた感覚のまま、来ていたメールを開くと郁からで、昨日の俺の様子を心配してか、今日の物件下見は1人で行くから夕方に待ち合わせして飲みに行こうという内容だった。

確かに、今外に出る気になれなかった俺は〈ごめん、ありがとう。時間わかったら連絡して〉と返事をして再び布団へと潜り込んだ。


次に目を覚ましたのは、なんと16時を回っていて、部屋が少し薄暗くなっていた。
会社が休みだからといって自堕落な生活をしてしまっていると反省しつつも、何もする気になれない俺はシャワーだけ浴びて郁からの連絡を待った。


18時半に駅前で待ち合わせで、と連絡が来たのは17時過ぎで、少し早く駅に着いてしまった俺はガードレールに腰掛けて郁を待っていた。

俺のように待ち合わせなのか、同じような体勢で待つ人々で溢れ返っている駅前に人混みなのになぜか安心感を覚える。俺なんて、こんなに人がいる中に入ってしまえば見つからないほどの凡人で、そんな俺に連絡を無視されたところで尋之さんは意にも返さないだろうし、すぐに忘れるだろう。
なんども連絡をくれたのは、彼が優しすぎるが故の心配からで。もしくはこんな俺に無視をされたという事実に苛立って、ムキになっていたのかもしれない。

そして、その連絡もつい2日前に途絶えた。

呆れたのか、どうでもよくなったのか。もしかしたらイトウさんの働くカフェに足繁く通っているのかもしれない。だから、俺なんかに構っている時間なんてないのかもしれない。

自分で連絡を絶っておいて、さらには今朝、連絡先までも消したというのに未練がましい俺の恋心はそう簡単に消えてくれないようだ。

忘れるんだと決意しては不意に尋之さんのことを考えてしまう自分をどうにかしたい。
悶々と考えていると、背後から肩を叩かれた。

「遼!おまたせ!」

振り向けば案の定、郁で、昨日買ったばかりの服を身に纏っていた。背が高く、顔もいい郁に周りの女性の視線が集まっているのを感じる。ほんと、自慢の弟だよ、と笑顔で返すと、何?と首をかしげる郁にまた周りの視線が強くなった。

「郁は、ほんとかっこいいよね。兄弟なのになんでこんなに違うんだろ」
「そう?背は違うけどさ、顔はそんな変わんないでしょ」
「・・・ちょっと鏡ちゃんと見たことある?」
「毎日髪型整えるのに見てますー」

軽口を叩き合っていると、女性二人組がこちらに近づいてくるのが視界に入った。あ、と思った時には1人の女性が郁の腕に手を当てていて、予想が容易い言葉を述べた。

「あの〜、私たちも2人なんですけど、ご一緒しませんか?」
「私たち、一緒にご飯食べに行く人たちにキャンセルされちゃって〜」

『2人』なんて言っておきながら、俺は眼中にないのだろう、郁と俺の間に割り込むように立った女性たちに苦笑いをすると、目を細めた郁が俺の肩を引き寄せてニヤリと笑った。我が弟ながらかっこいいその表情に、当然目の前にいた女性たちもうっすらと頬を染める。
しかし、郁が次に発した言葉を聞いてぽかんと呆けた顔に変わった。

「あ〜、ごめんね?俺たちこれから、デートなんだよねー。邪魔しないでくれる?」
「え、え!?ちょっと、郁!?」
「そういうことだからー。遼、行くよー」

呆然と立ち尽くす女性たちを置いて歩き始めた郁に腕を引かれてなんとか着いていく。少し離れたところで、ようやく腕を離されたと思えば、肩を揺らした郁が大声で笑い始めた。

「はははは!見た!?あの顔!!まじ笑える!!」
「ちょ、ちょっと、声でかいって」
「だ、って!ぐっ、ふ、ふふふ、はははっ」
「わかったわかった!落ち着いてよ!恥ずかしいから」

周りの通行人にジロジロと見られて顔を赤くする俺に対して、気にすることなく一通り笑った郁は涙をぬぐいながらようやく静かになった。

「あー、笑った・・・でも、失礼だよねー。遼を無視するなんて」
「そう?仕方ないよ。俺は普通だし」
「普通が一番いいのに、世の中の女はバカだよねー。遼なんて、優しくて超優良物件だよ」
「・・・ありがとう」

褒めてくれた郁に素直に礼を言うと、にこりと笑って「じゃあ、飲みに行きますか〜!遼とサシ飲み初めてー!!!基に自慢しよー」と言って予約しているらしい店へと向かった。


郁が予約した店はこぢんまりとしたオシャレな居酒屋で、大学生のくせに店のチョイスが大人だと複雑な気持ちの俺を知ってかしらずか、ネットで見ただけだったけど、こんなオシャレなんだ!とテンションを上げつつ小声で喋る郁に頬が緩む。

「デートの下見には、丁度いいんじゃない?」
「あー、そうね。てか、遼はいないの?そういう相手」
「え、あ・・・俺は、いない、よ」
「あー・・・そっか。仕事忙しすぎてそんな暇なかったか・・・ごめん」
「いや、気にしないで。恋愛とか、あんまり興味がないんだよ、元々」

そういう相手、と言われて頭に浮かんだのはもちろん尋之さんで。でも、俺の一方通行な片思いは絶対に叶うことがないとわかっているから、郁の言葉に乗っかって嘘を返した。絶賛、男に片思い中です、しかも失恋確定です、なんて、弟に言えるわけがなかった。

それからは、郁の就職先の話だったり、実家での兄弟喧嘩の理由だったりを聞いて、気づけば10時半を回っていた。
長いこと酒を煽っていた俺は、それなりに酔ってはいたが元々飲めなくはないし、寝不足でもないので普通に歩いて帰れるほどだったが、郁は違った。
酒に強い因子を持った父さんの外見を持つ郁は、酒に弱い母の因子もしっかりと持っていたようで。顔を赤くして眠そうな目をしながら頬杖をついて何かを話しているが、ほとんど聞き取れないほど酔っ払っていた。

これは、ホテルに俺が送っていかなきゃ危ないだろうなぁ。
最後に頼んだ酒を飲み干して、店員に会計をお願いしてから郁に声を掛ける。

「郁〜、ほら、ホテル行くよ」
「んー・・・やだ・・・もうちょっと遼といる・・・」
「はいはい・・・とりあえず店出ようよ、ほら、立って」

店員からお釣りを貰って、ごちそうさまでした、と会釈をして店の外に出るとだいぶ冷え込んでいた。酒が入り、酔った身体には丁度いいのか、郁は「気持ちいい・・・」と言って手に持っていたマフラーをリュックに突っ込む。

「郁のホテルどこ?なんてとこ?」
「えーと・・・あー、シティホテル・・・」
「あぁ、じゃあここから5分くらいだ。ほら、歩いてー」

俺も多少は酔っ払っているので、全力で寄りかかられるとふらついてしまう。
なんとか自力で立たせた郁の手を握ってホテルまでの道を進んだ。

「遼〜」
「なに?」
「俺!遼のこと!好きなんだよー!」
「あー、はいはい。俺も好きだよ」
「んふふふ、あー、基に自慢しよー」
「・・・基も好きだよ」
「えー・・・」

はたから見れば、酔っ払い2人がフラフラと歩く様はなんとも無様で危なっかしいことだろう。
でも俺たちは、兄弟なわけで、初めて2人で飲んだわけで。酒のせいで回らない頭では難しいことは言えないが、ただただ、楽しい。それだけだった。

「ねぇ〜遼〜」
「なーにー」
「もうさぁ、俺がこっち来たらさぁ、一緒に住めばいいじゃん〜」
「あー・・・まぁ、郁がいいならいいけどねー」
「え!本当に!?ほんとのほんとに!」

郁が突然立ち止まり、腕を掴んでいた俺はバランスを崩してよろけてしまった。しかし転ぶことはなく、郁に背後から抱きとめられる。

「あー・・・嬉しい・・・もう、絶対絶対そうしよ。広めの物件探すから」
「んー、まぁ、家賃とかあるしね。多分、すぐ実家に顔出すからさ、その時決めよ」
「うんうん、親父と母さんには俺から言っとくからね」
「はいはい。ほら、早くホテル行こう!」

そのまま俺の後ろにピッタリとくっついて歩く郁をなんとか引きずりながら、俺は郁をホテルへと送り届けた。



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