聖なる夜に交わす約束
02


あれから10分程でようやくマンションに着いた。結局、会社からは普段の倍近く時間がかかってしまっていた。

家に入ってまずは先輩を温めるのが先だと風呂場に行けば、俺のために用意してくれていたのか既に湯が張られていた。それを見て、有無を言わせず脱衣所に先輩を引っ張り込み、服を脱がそうとトレーナーに手をかける。

「え、ちょっ、俺より梶野が先に!」
「ダメです」
「だって、仕事帰りで疲れてるでしょ?」
「ダメ」

軽く触れた腹ですら俺の手よりも冷たいというのに何を言っているのか。
頑として譲らない俺に気まずそうに顔を逸らしたかと思えば、何かを閃いたのか笑みを浮かべて俺に顔を近づけた。

「そうだ!一緒に入ろ」
「・・・え」
「うん、そうしよ」

恋人になってから一度もやったことのないそれを、何食わぬ顔で実行すると決めた先輩はスルスルと服を脱いで先に風呂場へ入り、顔だけこちらへ覗かせた。その頬はうっすらと赤くなっている。

「俺、先に身体洗うから、5分くらいしたら入ってきてね」

言い逃げするかのようにピシャッと扉を閉めた先輩はどうやら本気らしい。

「・・・」

これで俺が入らなかったら、また先輩を不安にさせてしまうのだろうか。

先輩のトラウマが蘇るんじゃないかと不安で過度なふれあいを避けてきたのが仇になった。

果たして俺は我慢できるんだろうか。

思考を巡らせたが、最終的には、入るしかないかと諦めた。小さく溜め息を吐き、とりあえずは先輩と俺の着替えとバスタオルを用意しようと脱衣所を後にした。


先輩は5分と言っていたがおそらく10分は経っただろう。
服を脱いで風呂場のドアをそっと開けると湯船に入って目を閉じる先輩が目に入った。

いつもは柔らかそうな黒髪は濡れていて、無造作に後ろに撫で付けられている。

「遅かったね」

ドアの開ける音に反応して目を閉じたままの先輩は口元を緩めてそう言った。
相変わらず俺の心を揺さぶるのが上手い。そのくせ、こっちから攻めると顔を真っ赤に染めるからタチが悪い。

「身体、温まりました?」

椅子に座ってシャワーのノブを捻り、あたかも、意識していない風を装って頭からお湯を被る。

「うん、あったまった」
「よかったです」

それからはお互いに無言で、普段と比べて数倍早く全身を洗い終えた俺はシャワーを止めて振り返りギョッとする。
浴槽の淵に肘を置いて至近距離でこちらを見つめる先輩がいた。

「・・・ずっと見てたんですか」
「んー、頭洗い始めたくらいから」
「・・・最初からですね」

悪戯が成功したとでも言いたげに嬉しそうな笑みを浮かべた先輩へ、先ほど抱えていた悩みは薄れていった。
全くもってそういう雰囲気にはなりそうにない。

俺の腕を掴んで湯船に入れと目で訴えてきた先輩に従って向かい合うように座る。すると、二人で入ることを想定していなかった湯が浴槽から溢れた。
無駄に高い家賃を払っているおかげか、男二人が入っても対して窮屈には感じない無駄な広さに今ばかりは感謝した。足を伸ばしさえしなければ先輩に密着することはない。

「梶野」

先輩ほどではないが、それなりに冷えていたらしい身体がじんわりと温まっていく感覚に目を閉じようとしたところで名前を呼ばれた。視線を前へ向ければ、体育座りをしてこちらを伺う先輩と目が合った。

「なんですか?」
「あの、今日、ほんとごめんね。心配かけて」
「いえ、もういいんです。理由も話したくなければ聞きませんよ」
「ううん、話したくないわけじゃなくてさ・・・」

目を逸らして、はぁ、と深い溜め息を吐いた先輩は意を結したように小さく頷くような動作をしたかと思えば、突然、身体を寄せてきた。それに、ここで狼狽えては情けないこと極まりないとなんとか表情を繕う。

そんな俺に気がついていない先輩は膝を立てた俺の脚の間に身体を滑り込ませて向かい合わせのまま俺の肩に顎を乗せ、両腕を背中に回した。甘えるようなその仕草は普段からされているので慣れているはずだが、如何せん今は二人とも全裸だ。

先輩の折りたたんだ脚が際どいところに触れている。

それでも先輩の前では見栄っ張りの俺は、何事もないかように、預けてくるその身体を抱きしめた。

「やっぱり、俺が遅かったせいですか?」
「いや・・・、まぁ、それもちょっとあるかもしれない」
「だから今日の朝から休むって言ったのに」
「だってさぁ、そんな、俺のために仕事休んでもらうなんてできないよ」

ムスッとした声色なのに、首に頬を寄せて甘えてくる先輩に思わず笑みが溢れる。ちぐはぐな態度が可愛くて仕方がない。

「・・・家に一人でいて、なんか、悔しくなってきたんだ」
「うん?」
「いつまで俺はこんな、弱いままなんだろうって思った」
「弱くないですよ、先輩は」
「そう?・・・梶野は俺のこと甘やかしすぎだからなぁ」

そう言って先輩はギュッと抱きつく力を強めた。

「それでさ、クリスマスで外の世界はキラキラしてるのに、俺だけはうじうじ色々考えて、いつまで経っても変われてないって思ったら、外に出て楽しい空気を味わってみようって」
「・・・せめて上着くらいは着てて欲しかったです」
「あー、うん、そうだよねぇ」

思い立ってすぐに家から飛び出したんだと、恥ずかしそうに言った先輩を強く抱きしめる。
先輩の気持ちも知らず、責める様な言葉を投げかけてしまったことを後悔してもしきれない。

「スマホすら持ってなかったら大変だったかもね」

ゾッとする様なたとえ話をサラッと言ってのける先輩に少しだけ苛立ちを感じる。俺の心配する気持ちを軽く見過ぎだ。

「もしそんな事があったら、もう家からは出られませんね」

肩を掴んで身体を引き剥がし、顔を覗き込んで言い放てば先輩はキョトンとした顔をする。しかし、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべて今度は俺が呆気に取られてしまった。

「すっごい怖いこと言ってるけど、でも、きっと梶野はそんなことしない」
「・・・わかりませんよ?」
「うーん、それよりも俺がどこにいても見つけてくれる気がするんだよね」

まぁ、そりゃあ全力で探しますけど、と、眉を顰める。
そんな俺を見て声を出して笑った先輩がクルッと身体を反転させて背中を俺の胸に預けた。両手は腹の前に回されて、さっきよりも密着した身体に強張ったのは一瞬で、今度は俺が先輩の肩に顎を乗せる。

「ねぇ、来年はさ、ケーキとか買って、普通にクリスマスしよう」
「・・・いいですね」

本当にできるかは分からないけど、そう思える様になってくれただけで充分だった。
来年ができれば、その次も、またその次もきっと大丈夫だろうから。


それ以上言葉は交わさず、お湯が温くなったのに気がつくまで、お互いの温もりを分け合っていた。



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