聖なる夜に交わす約束
01


キラキラとした電飾に彩られた道は、楽しげな人々で溢れかえっている。
おそらく恋人だろう二人組、友人同士でパーティーでも開くのか着飾った女の子たち、それをうわついた表情で眺める若い男たち。

そう、今日は12月24日。世間一般的に言えば、楽しく、浮かれてしまうイベントであるクリスマスイブだ。

そんな光景を俺は、焦った気持ちで車のハンドルを握り締めながら眺める。
普段から比べればかなり早い、17時すぎには仕事を切り上げて今日を含めて5日間も休みを取った。

アキラには負担をかけてしまうが、事情を話せば快く受け入れてくれて。いい秘書を持ったと申し訳なく思いながらも感謝を述べた俺に「ボーナス弾んでよ」と軽口を叩いたアキラは普段とは違った優しい顔をしてた。

「あー・・・なんでこんなに混んでるんだ・・・」

恨めしさを込めた独り言を吐いたが、車の列は先の方に見える信号が青に変わっても一向に進んでくれない。20分もかからないはずの自宅までの道のりは、まだ半分も進んでいないのに既に会社を出てから20分以上経っている。

苛立ちを隠せず、掴んだハンドルをトントンと指で叩いていると、少し先に望んで止まない人によく似たシルエットが見えてフロントガラスに顔を近づけた。

チカチカと目に入る電飾の灯りが煩わしくて眉を顰めて見つめると、似ているのだと思っていたその人が、先輩本人だと知って慌ててスマホを取り出して電話をかける。

なんで、こんなに寒いのに。

少し大きめの白のトレーナーにデニムを履いただけの先輩は、吐く息が真っ白になる気温で厚着をする人々の中でとてつもなく浮いていた。ただでさえ白いのに、さらに血の気が引いていて今にも消えてしまいそうに見える。

10コール以上鳴らしただろうか。スマホと同期された車から無機質な呼び出し音が鳴り続けるのを先輩から目を離さずに聞いていると、ようやくポケットに入れていたスマホが震えているのに気がついたらしい先輩が、画面を見て無表情だったその顔を緩めた。途端、周りの人間が視線を向けるのが目に見えて分かり、車を降りて捕まえに行ってしまおうかと思ったところで、運悪く車の列が進み始めた。

このスピードなら、また信号が変わってどうせ止まるだろうとゆっくりと発進させながら、ようやく電話に出た先輩に声をかけた。

「なんで外にいるんですか」
〈・・・え、どこにいるの?〉

挨拶もなく発した俺の言葉に、焦ったように周りをキョロキョロと見渡す先輩はどうやら怒られると思ったらしい。

「そんなに薄着で」
〈あ。えっと・・・その〉

モゴモゴと言い訳を探す先輩は、道の端によって立ち止まっている。そして、案の定対して進むことなく信号が変わり車の列の動きが完全に止まったところで、パーキングに入れてすぐに車から降りた。幸い、車が少し進んだおかげで先輩までの距離は10メートルもない。

「先輩!」

フェンスを乗り越えて声をかけながら駆け寄れば、先輩はバッと顔を上げて驚いた表情を俺に向けた。
勢いのまま思わず抱き締めると、氷でも抱いたのかと思うほどにその体には熱がない。上に羽織っていたコートを脱いで先輩の肩にかけ、驚きすぎてされるがままの先輩を急いで車に乗せた。

「なんで上着すら着てないんですか!こんなに冷えて!」

助手席に押し込んで、そのまま暖房を最大まで上げ、すぐに運転席に乗り込む。列は未だ動かないようなので呆けた顔をしてる先輩の手を握って顔を近づける。

「あ・・・うん、ごめんね」
「・・・はぁ。謝らなくていいです。俺の方こそ大きい声出してすみません」

しょんぼりと肩を落として謝った先輩を見て後悔する。やっぱり今日の朝から休みを取ればよかった。

初めて先輩と過ごした昨年のこの時期は、クリスマスというイベントが近づき、街が変わり始めたのと同時に様子がおかしくなっていった先輩を見てようやく、先輩の母親の命日が近いということを知った。

クリスマス当日はベッドに蹲り、力無く笑って「ごめん」と何度も謝る先輩に、俺と偶然再会するまではたった一人で悲しんでいたのだと思うと、やるせ無くて仕方がなかった。孤独を恐れるようになってしまった理由の一つであるその日を迎えるのは、どれだけ辛かっただろう。

もう二度と同じ過ちは繰り返さないと誓って今年が来たのだ。

社長なんて責任ある立場のくせに、クリスマスに長めの休みを取るなんて、と、誤解をされようがなんだろうがどうでもよかった。そんなイベントだからではなく、毎年12月26日は二人で墓参りに行くと約束をしたし、その前後はなるべく先輩のそばにいたいだけだった。


「寒くないですか?」
「大丈夫。あったかいよ」

肩にかけた俺のコートをギュッと掴んで笑った先輩は、確かに先ほどより血色が良くなってきた。
頬に手を当てると、まだ俺の手よりは冷たいがいくらか熱を持ち始めている。

くすぐったそうに首をすくめた先輩が可愛くて、思わずキスをしそうになってハッとした。そういえば、まだ外だった。
ギュッと拳を握ってその手をハンドルへ乗せるとタイミング良く、再び車が進み始める。

先ほどと比べてスムーズに動いているので渋滞が解消されたようだ。
発進させながら横を見やると先輩がクーラーに手を近づけて指先を温めていた。

なんで外に。

返事をもらえなかった疑問を口にすることなく、頭の中で何度も反芻する。
無意識ではなさそうだし、財布を持っていないことから買い物でもない。クリスマス一色に飾られた街並みを見たかったというのも考えにくい。先ほど一人で道を歩いていた先輩はどこか遠くを見つめていて、もし見つけられずに家に着いていたらと思うとゾッとする。

「先輩・・・慎二さん」

視線は正面に戻したが、横で先輩の体がびくりと揺れたのがわかる。
未だ俺に名前で呼ばれることに慣れていないらしく、呼びかけるたびに反応を見せてくれるのは楽しくはあるが、今に限っては少し違った。おそらく、外に出ていたことを追求されたくないであろう先輩に、俺はどうしてもその理由を聞きたかった。

「なんで、外にいたんですか?帰るって連絡しましたよね」
「・・・うん」
「俺が遅かったからですか?俺のせいならそう言ってください」
「違う!違うよ、そうじゃなくて・・・」

少し鼻声になった先輩に問い詰めている罪悪感から目を向けられない。
言いたくないこともあるだろうけど、それでも先輩の全てを知っておきたいというある種の独占欲だ。それに、万が一無意識なら今後の対応を変えなくてはならない。

無視をしているつもりはないが、前を向いて運転を続けていると、左肩にポンと何かが当たった。チラッと視線だけ向けると先輩が目をギュッと閉じて額を当てている。

「・・・先輩?」

丁度よく信号で停まったので肩に手を回すと、ビクッと体を揺らした先輩がゆっくりと顔を上げた。
涙が溜まり、赤くなった目元を見て一気に後悔が押し寄せてくる。

「俺・・・弱いね、いつまで経っても」

うっすらと微笑みながらそう言った先輩になんと返したらいいのか分からず、生唾を飲んでただその顔を見つめた。

「でも、もう梶野から離れられないんだ、俺。ごめんね」

いつもであれば喜びしか感じないはずのその言葉が、胸に刺さる。一体俺は、先輩に何を言わせた。癒えてない傷を抱えているのは分かりきっていたのに。

「すみませんでした。先輩は何も悪くない。それに、離れられないのは俺も同じです」
「うん・・・でも、心配かけたから」
「そうですね。心配するあまり、強く言い過ぎました。・・・慎二さん」
「・・・ん?」

少しばかり明るくなった表情を見せた先輩に、自分の不甲斐なさと情けなさに歪みそうな顔を押し殺して笑みを浮かべ口を開く。

「慎二さん、愛してます。早く、俺たちの家に帰りましょう」

俺の言葉に返事はなく、先輩は安心したように笑って頷いた。



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