04


バイト先には一週間ほど休みをもらうと伝えていたので、いつもの生活に戻るまでボーッとしながら過ごした。

二つ掛け持ちしていたうちの一つ、居酒屋の方では腫れ物を扱うように接してくる人たちだらけだった。店長だけは、いつも通りだったが、話を聞いてみれば店長が気を使えとみんなに言っていたらしく、気まずくなり1ヶ月後に辞めてしまった。
もう一つのバイトはバーで、そっちは長く続いた。
オーナーも事情をわかってくれて、シフト調整をしてくれていたし、何より、夜の仕事というだけあって、事情を抱えた人が多く働いていたのだという。店長もとある事情からバイトに入り、そこから社員として雇ってもらったのだと話を聞いていた。

そして、バーでバイトをしながら3年以上が経ったある日。最近よく来る常連の建設会社を経営するヨネダ社長に話しかけられ、カウンターで話している中で、定職を探していることを打ち明けた。そして、俺のことを気に入ってくれているらしい社長にうちに来いと言ってもらい、就職することができた。25歳で初めて入る業界はわからないことだらけだったが、周りの先輩たちは厳しくも優しい人たちばかりで、このままこの仕事を続けていければいいなと思っていた。


就職してから必死になって仕事をし、3年半ほどが経った。仕事内容にはだいぶ慣れてきたように思う。
ロッカーに作業着をしまい、帰り支度をしていると、あまり話したことのない先輩から、明日は休みだし、一杯やらないかと声をかけられた。その先輩は会社内であまり評判が良くなかったが、俺自身は話したこともなかったし、実際は人当たりも悪くなかったため、ついていくことにした。

この時の俺に会えるなら、絶対にやめろ、関わるなと声を大にして言いたい。

チェーンの居酒屋に入り、個室へ案内される。なぜかそこには化粧の濃い女の人が二人いた。戸惑いを隠せず先輩を見るとニヤッと笑った。

「女いた方が盛り上がるだろ?ほら、座れよ」

よくわからないが、手前に座っていた女の人に腕を引かれて隣に腰を下ろした。

「いや、実はさ、伊藤に相談があってよ」
「俺に、ですか?」
「そう、伊藤にしか頼めねえんだよ」

話し始めた先輩の話を要約すると【会社に俺の金を預けてあるが、それを今すぐ返してもらいたい。とりあえずは借金して入り用の金を用意する予定だが、それを借りるのも保証人が必要。会社から金が戻ってくればすぐに返せる】という内容だった。
正直まだ社会のシステム的な部分を理解しきれていない俺は、会社に金を預けるなんてことがあるのか、とバカみたいに考えていた。

「それでよ、伊藤に保証人になってもらえねえかなって。他の奴らには嫌だって言われちまってよ・・・俺、実は妹がいるんだけど、重い病気でさ。治療費が必要なんだ」
「え・・・あ、そうなんですか・・・」

“治療費”と聞いて、心臓がドクッと大きく鳴った。先輩も、ちょっと前の俺と同じ状況なのだと。

「伊藤、お前なら、俺のこと助けてくれるよな?」

先輩が真剣な目をして俺に訴えかけてくる。会社から金が戻れば返せると言ってるし、別に困ることはないんじゃないか。何より、妹さんの病気が手遅れになる前に治療を始めないと。

「俺でよければ、力になります」

気がつけばそう返事をしていた。同じ状況を経験している俺には、無視をすることができなかった。

「おお!!伊藤ならそう言ってくれると思ったわ!!ほんとにありがとな」

満面の笑みでそう言った先輩に笑い返すと、早速、と言ってカバンから書類を出し始めた。サインを促されて名前を書き込む。捺印・拇印と書いてあるが、おそらくハンコだろう。今は持ち合わせていない。

「先輩、俺、ハンコ持ってないですけど」
「ああ、それは、ほら、これで親指で押してくれれば大丈夫!」

そう言って朱肉を渡してきた。こんなに用意してるってことは、相当急ぎなんだろうか。若干不思議に思いつつ、言われた通りに押すと書類をパッととってカバンにしまってしまった。文章とか、なんか読んでなかったけど大丈夫なんだろうか。不安は残るが、先輩を信じることにしよう。

「いやー、ほんと助かったよ。伊藤、いいやつだな」
「いえ、妹さん、良くなるといいですね」
「あー、うん、そうだな」

ニヤッと笑った先輩は、よし!飲むか!と言って注文を始めた。金がいるのに、呑んでていいのだろうか。まぁ、息抜きしたくなる時もあるのか。確かな違和感が芽生え始めていたが、自分の中で無理やり納得させていると、隣に座っていた女の人がしなだれかかってきてビクッとする。

「お兄さん、いくつ〜?」
「え?あ、28です」
「じゃあ、アミの3つ上だね〜」
「あ、そうなんだ」

腕を絡めてきて胸が当たっているが、この人は気づいていないんだろうか。前を見ると、先輩は隣の女の人の腰に手を回してタバコを吸っている。

「アミね、綺麗な男の人、好きなんだ〜。お兄さんめっちゃ顔綺麗〜」

ベタベタと触ってくる女の人にどうすればいいのかと思案しながらも、なんとか笑顔で受け答えしているとスネ辺りを軽く蹴られた。前を見ると、先ほどとは違って鋭い目つきで俺を見る先輩がいた。

「お前、何飲む?」
「あ、俺は、お茶でいいです。ウーロンで」
「あー、お前酒のまねぇの?ノリ悪ぃ」
「え、あ、じゃあビールいただきます」
「おー、最初っからそう言えよ」

実は酒が得意じゃないのだが、確かに飲みの席で一杯も飲まないのは失礼かと思い、酒をお願いした。そこからは一杯のビールをチビチビと飲み、先輩の会社の愚痴などを聞く。
ようやく2時間が経ったころ、トイレから戻ると先輩と隣にいた女の人が姿を消していて、アミさんだけが残っていた。

「あれ、先輩どこ行きました?」
「あ〜なんかぁ、二人ともいい感じになっちゃって〜ホテル行くって言ってどっか行っちゃったぁ」
「え・・・あ、そう。じゃあ、俺たちも出ようか」
「うん!出よ〜どこがいいかなあ〜」

この後も何処かに行く気なのか。のろのろと準備をするアミさんを待ちながら伝表が刺さっている場所を見るとしっかりと残っていた。まぁ、先輩は妹さんの治療費が必要なんだ。これくらいは俺が出そう。アミさんを待ってから会計に向かい、支払いを終えて外に出ると、まだ少し昼間の生ぬるい風が残っていた。

「あっつ〜い。まだまだ夏って感じ〜」
「そうですね・・・アミさんは帰る方向はどっちですか?」
「え?帰るの?」
「え・・・帰らないんですか?」
「アミたちもホテル行こうよ〜」
「・・・は?」

童貞でもないし、そういうことへの欲求が皆無というわけではないが、付き合った人以外とセックスをしたことのない俺には衝撃的な一言だった。女の人が、こんな自分の体を安売りするようなことを言うもんじゃない。

「いや、アミさん。そう言うの、やめたほうがいいですよ」
「はぁ〜?どうゆう意味?つまんな〜い。ノリ悪〜い」

なんだか今日はノリが悪いしか言われていない気がする。しかし、こればかりは賛同できない。

「ノリ悪くてもいいです。俺は帰るので、アミさんも気をつけて帰ってください」

そう言い残して背を向け、駅へと歩き出すと後ろからアミさんの声が聞こえる。電話でもしているのだろうか、声がでかい。

「マジ最悪!エリとジョウさんどこのホテル!?アミもそっち行く〜!!」

ああ、思い出した、先輩の下の名前は確かジョウだった。タナカジョウ。思い出したくもないが、この人に出会ってしまったこと、信じてしまったことが、俺の人生で一番の汚点だ。
久々に酒を飲んだせいか、軽い頭痛に見舞われた俺は家に帰るとシャワーを浴びてすぐにベッドへ入った。いまだに四畳半のアパートに住んでいるが、寝に帰るようなものなので不自由していない。



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