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「お待たせしましたー。ウーロンハイです」

愛想のいい店員が持ってきたウーロンハイに口をつけると、焼酎の独特な味とアルコールが口の中に広がる。やはりあまり好きではない、けど頭がふわっとしてきて少し気分がいい。酒を飲んで気分がいいと思ったのは初めてかもしれない。

「伊藤、酒飲めんのか?いつもお茶しか飲んでなかったよな?」
「あんま、強くないんすけど、なんか、ちょっと飲みたくなって」

金田さんが不思議そうな顔で聞いてきたので、正直に答えると目を見開いて固まってしまった。ん?と首をかしげると、突然ガバッと抱きしめられて手に持っていたグラスから少し酒がこぼれた。

「おいおい!なんだこの可愛いやつは!息子にしてぇ!」

耳元で叫ばれてうるさかったが、言葉の内容が嬉しくて頬が緩むのを感じた。その顔を金田さんの背中越しに加賀美さんに見られて、照れ隠しに目線を下げると加賀美さんが声をあげた。

「うっわ〜!伊藤ってそんなキャラだったのかよ!なんだよ!金田さんの気持ちわかる〜!っても、歳一個しか違わねえけど!」

ギャーギャー騒いでいる俺らにみんなの視線が集まり始めて、顔が熱くなってくる。きっと酒の力もあると思うけど。

「か、金田さん、そろそろ離してください」
「おうおう、そうだよな、うんうん」
「・・・聞いてないっすね・・・その返事は」

言葉では聞いてくれなかったが、肩に手を当ててグッと押すと簡単に離れてくれた。

「酔っ払ったら、俺ん家連れて帰ってやっからよ!ほら、飲め飲め!」

金田さんが俺の手を掴んでグラスを口に近づけてきたので、チビッと飲むとさらにアルコールが回ってきた。しばらく飲んでいなかったせいで、昔よりも弱くなっているような気がする。
それから、現場の人たちに入れ替わり立ち替わりでいじられながら、ウーロンハイ一杯を飲み終える頃には俺は意識こそあるものの、ろれつが回らなくなっていた。

「かねださん、は、やさし、ですね」
「おぉ?そうかぁ?こいつらには厳しいって言われるけどなぁ」
「そうだぞー、伊藤。金田さんは鬼軍曹だぞー」
「ああ?なんだ、加賀美、給料減らして欲しいのかぁ?」
「いやいやいや!冗談っす!ね!じょ・う・だ・ん!」

加賀美さんが少し髭の伸び始めた顎に手を当てて可愛子ぶりっ子をしたのを見て、金田さんが吐く真似をした。それが面白くて、ずっと緩んでいる頬がさらに緩んだ。

「ああ〜、伊藤かわいい〜。顔は綺麗系なのに雰囲気がかわいい〜」
「おれ、ですか?」
「おうおう、お前だよ、伊藤だよ。ふわっふわしてんだな〜」
「ふわふわ・・・」
「ふわふわ!伊藤の口から、ふわふわって出た!かわいい!」
「かがみさんも、だいぶよってますね・・・?」

トイレに席を立った金田さんが、現場監督と梶野の方へ行ったため空いたスペースを詰めて、加賀美さんが席を詰めて俺に話しかけてくる。
加賀美さんは俺と歳も近くて話しやすい、と実は密かに思っていた一人だ。社交的な加賀美さんは誰とでも仲良くなれるタイプのようで、現場に入った初日から、あまり話さない俺にもよく話しかけてくれた。今も、笑顔で俺と会話をしてくれている。あまり面白いことを言えている自信はないが、加賀美さんの笑顔を見ると楽しんでくれていると感じて、安心する。じっと見ていると、目が合って加賀美さんが首をかしげる。その顔は不思議には思っているものの、全く不快感というのが感じられず、嬉しさからはにかんで見せると同時に抱きしめられてしまった。
加賀美さんの屈強な腕と胸板に挟まれて全く身動きができない。

「あの、かがみ、さん?」
「あー・・・かわいい、かわいすぎる・・・俺、どっちもイケんだよなぁ・・・」
「ん?・・・え、なんですか?」

いけるって、何がだろうか。加賀美さんの酒を飲んで熱くなった息が耳にかかってくすぐったいが、全く離してくれる気配がない。というか、力が強い。身長は俺の方がでかいが、体格では負けている。やっぱり、筋トレ再開するかなぁ、と抱きしめられながら考えていると、俺の頭を締める腕が少し緩んだ。
首が動く、顔を上へ向けると加賀美さんの顔がほんの数センチ先にあった。目線はがっつり俺へ向いていて、至近距離で目が合ってしまう。恥ずかしくなり、目線を下げて腕で体を押しかえすと顎を掴んで顔を無理やり上げられた。

「は、え、なん、すか」
「伊藤。お前今、彼女いねえんだよな?」
「いない、です、けど」
「じゃあ、息抜きってことで、これ、気にすんなよ」

そう言われて、1秒も経たずに俺と加賀美さんの距離がゼロになる。
これは、もしやキスされてるんじゃないか、と酒の回った頭で理解するのも難しくなかった。相当酔っぱらっているんだろう加賀美さんに対してどうしたらいいのかわからず、固まっているうちに離れていった。

「・・・あはは、固まっちゃって、かわいいな〜。伊藤、普通の男だったらここは殴り飛ばすくらいのことしないと。あ、でも伊藤に本気で殴られたら俺、来週から仕事できなさそう!」

殴り、飛ばす。グレてはいたがそこまで喧嘩をしたことがない俺は、そういった思考回路に至らなかった。喧嘩ごとは大体原田が処理してくれていて、それでもどうにもならない時に顔を出すと、なぜかみんなけんかをやめて謝ってくるというのが常だった。

「殴りはしないっすけど、何やってんすか、とは思いますね。酔いが覚めました」

正気になって、周りを見ると全員の目がこちらを向いていた。そりゃそうだ。おっさん二人がキスしてるところなんて、気持ち悪いだけだろう。
生憎俺は、キスで照れるほど若くもないし、未経験者でもない。男とキスしたのは初めてだったが、大学生の時に酔った勢いでしているのは何度か見たことがある。そんなのが楽しいのか、と疑問ではあったがしていた本人たちが笑って騒いでいたので気にしたことがなかった。

「お前!将来の俺の息子になんてことしてんだ!!つーか、お前男が好きだったのか!」
「加賀美さん怖い!俺のケツが危ない!!!」

金田さんが声を荒げると、ワイワイとみんな騒ぎ始める。あー、なるほど。飲み会で男同士がキスするとこんなに盛り上がるのか。変に納得して、新しく頼んだウーロンハイに口をつけると、盛り上がっているみんなの中からひどく強い視線を感じた。なんとなく、誰からなのかわかってしまって、そちらへ視線を向ける。想像以上に、強い視線だな。梶野は眉間にしわを寄せて、なぜか少し辛そうな顔をしてこちらを見ている。
安心してくれ。俺は別に、モテないからって男に走ったわけじゃねえんだ。伝わってくれ。後輩にどこまで情けない姿を晒せばいいんだ、と自嘲の笑みを浮かべてウーロンハイを4分の1ほど一気に飲んだ。こんなに一気に飲んだのは初めてかもしれない。俺にキスなんてしてきた加賀美さんはケロっとしていて、金田さんに頭を叩かれても笑顔で対応していた。俺の中で、加賀美さんは話しやすい人から話しやすいけど遊び人という位置付けに変わった。

騒ぎが大きくなってきたところで端の席へ移動して、静かにウーロンハイを飲んでいると先ほど冷めた酔いが一気にぶり返してきた。調子に乗って飲みすぎたかもしれない。飲むのをやめて、誰のチェイサーか分からない水を飲んでいると隣に誰かが座った気配を感じた。

「先輩、飲みすぎじゃないですか。酒、全然強くないですよね」

梶野が心配そうな顔で俺を気遣う言葉を投げかける。先ほどの視線はなんだったんだ、そうだ、俺はこいつの目線にイラついて酒を飲み始めたんだった。

「・・・別に。俺だって飲みたい時くらいあんだよ」

イラついたまま、返事をしてしまって少し後悔するがここで後に引くのは無理だった。

「お前さぁ、いっつも俺のこと見て、目線逸らすけど、なんか言いたいことでもあんの?」

酒の力を借りてないと、こんなこと言えなかっただろうが、一度出た言葉は取り消せない。わざと正面に向けていた顔を梶野に向けると、イラだった俺にキレているわけでもなく、なぜか少し嬉しそうな顔をしていた。

「いや、先輩が、普通に話してくれたのが嬉しくて・・・」

はにかみながらそう言った梶野に、罪悪感が大きくなる。そうだよな、俺が初めに突き放すような態度をとったんだ。それなのに、自分が被害者みたいなツラをして思うままに吐き出してしまった。

「ごめん、俺が、最初に冷たいこと言ったんだもんな。むしろ、気ぃ使わせたよね。俺、こんなになっちゃって・・・」

昔の俺を知ってくれているんだと、嬉しい反面、こんな姿を見られたのが恥ずかしかったんだ、俺は。それを誤魔化すためにあんな態度をとってしまったのかもしれない。実際、闇金と関係を持ってしまってから5年弱経ってみて分かったが、返済をしっかりと行っていれば別に彼らが過度に干渉してくることはなかった。それに、あまり心を開くなと注意してくれたハンダさんは、やはりそこまで嫌な人には感じない。原田やヨネダ社長、他の友人とも関係をここまで断絶する必要もなかったように思う。

しかし、一度実行してしまったが故に後に引くことができずに、誰とも関わらずにここまできた。

そして、そんなことを思い始めた時に梶野と再会してしまい、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。思わず涙腺が緩み、涙がこぼれ落ちるのを止められず、それを梶野に見られてしまった。ここまで情けない姿を見せているのだから、少しくらいは打ち明けてみてもいいのかもしれない。

俺は意を決して口を開いた。



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